肥満症治療薬ゼップバウンドが睡眠時無呼吸症候群にも保険適用
■画期的な新治療を阻む「日本独自の処方制限」とは?
「睡眠中に何度も呼吸が止まる」閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)は、単にいびきが大きくなる病気ではありません。
眠りが浅くなることで、
- 日中の強い眠気
- 集中力や作業効率の低下
- 交通事故リスクの上昇
- 高血圧
- 心房細動
- 心不全
- 脳卒中
- 死亡リスクの上昇
などにつながる可能性があります。
これまで、中等症以上のOSASに対する標準治療は、睡眠中にマスクを装着して空気を送り込むCPAP療法でした。CPAPは非常に有効な治療ですが、マスクの違和感、鼻づまり、乾燥、圧迫感などのため、毎晩十分に使用できない人もいます。
また、CPAPは睡眠中の気道を空気圧で広げる治療であり、OSASの背景にある肥満そのものを改善する治療ではありません。
そこで注目されたのが、肥満症治療薬「ゼップバウンド」です。2026年5月、ゼップバウンドは日本でも、肥満を伴う中等症以上のOSASに対して保険適用が拡大されました。
これは、OSAS治療における大きな進歩です。
しかし、実際に公表された日本の処方条件を見ると、画期的な新治療の恩恵を適応のある方に届けにくくする、厳しい制限が設けられています。
■なぜ肥満で睡眠時無呼吸が悪化するのか?
OSASは、睡眠中に舌や喉の周囲の組織が気道をふさぐことで起こります。
肥満があると、
- 舌の内部
- 咽頭側壁
- 首の周囲
- 胸部や腹部
などに脂肪が蓄積します。
これにより、もともと狭い気道がさらに狭くなり、睡眠中に呼吸が止まりやすくなります。
したがって、肥満を伴うOSASでは、体重を減らすことが病気の原因そのものに働きかける治療になります。
ただし、食事や運動だけで、睡眠時無呼吸症候群を大きく改善できるほど体重を減らし、その状態を長く保つことは簡単ではありません。
過去の前向き観察研究では、体重が10%減少すると、睡眠1時間あたりの無呼吸・低呼吸の回数は平均26%減少すると予測されました。
しかし、もともと重症の方では、10%減量しても睡眠時無呼吸症候群が中等症以上に残ることがあります。大幅な改善や寛解を目指すには、15~20%程度の減量が必要になる方もいます。
■ゼップバウンドとは?
ゼップバウンドの有効成分は「チルゼパチド」です。
食欲や血糖調節に関係する、
- GIP受容体
- GLP-1受容体
という2つの受容体に作用します。
食欲を抑え、満腹感を高めることで、大幅な体重減少をもたらす週1回の注射薬です。
すでに肥満症治療薬として使用されていましたが、肥満を伴うOSASに対する有効性が大規模臨床試験で示され、日本でも適応が拡大されました。
■睡眠時無呼吸はどこまで改善したのか?
ゼップバウンドの有効性を調べたのが、国際共同第Ⅲ相試験「SURMOUNT-OSA」です。
この試験では、肥満を伴う中等症から重症のOSASのある方を、次の2つのグループに分けて検討しました。
<試験1>CPAP療法を実施できない、または希望しない方
<試験2>すでにCPAP療法を実施している方
いずれの試験でも、ゼップバウンドまたはプラセボを週1回、52週間投与しました。
睡眠時無呼吸の重症度は、「無呼吸低呼吸指数(AHI)」で評価されます。
AHIとは、睡眠1時間あたりに無呼吸または低呼吸が何回起こったかを示す数値です。
一般に、
- 5回以上15回未満:軽症
- 15回以上30回未満:中等症
- 30回以上:重症
と判断されます。
■1時間あたりの無呼吸・低呼吸が約28~29回減少
52週間の治療によって、ゼップバウンド群ではAHIが大きく改善しました。
| 対象 | 治療前のAHI | 52週後のAHI | AHIの変化 |
| CPAPを使用していない方 | 54.3回/時 | 25.2回/時 | −28.1回/時 |
| CPAPを使用中の方 | 45.8回/時 | 16.5回/時 | −29.4回/時 |
プラセボとの差は、それぞれ約22~24回/時でした。
つまり、もともと1時間に40~50回以上呼吸が止まっていた方の多くで、呼吸障害が大幅に減少したことになります。
■体重も約19~20%減少
体重の変化率は、
- CPAPを使用していない方:平均18.7%減
- CPAPを使用中の方:平均20.1%減
でした。
体重100kgの人に置き換えると、約19~20kgの減量に相当します。
従来の生活習慣療法だけでは達成が難しかった、大幅な減量です。
■AHIが半分以下になった人は約3人に2人以上
AHIが治療前より50%以上改善した人の割合は、
- CPAPを使用していない方:65.6%
- CPAPを使用中の方:76.2%
でした。
さらに、AHIが正常または軽症の範囲となり、日中の眠気も改善する「OSAS寛解」の基準に達した人は、
- CPAPを使用していない方:40.6%
- CPAPを使用中の方:51.4%
でした。
すべての方が治癒したわけではありませんが、従来の薬物療法では得られなかった大きな改善です。
ゼップバウンドは、単に「いびきを減らす薬」ではありません。
肥満というOSASの背景病態に働きかけ、睡眠中の呼吸障害そのものを改善する新しい治療です。
■ところが、日本では厳しい処方制限
これほど明確な効果が示された一方、日本の最適使用推進ガイドラインには、複数の厳しい処方条件が設けられました。
主な問題は、次の4点です。
- 原則として、投与開始前に3か月以上の食事・運動療法が必要
- 投与期間は最大52週間
- 6~7か月時点で改善傾向がなければ中止
- 処方できる医療機関が厳しく限定される
適正使用や安全性の確認が必要なことに異論はありません。
しかし、現在の制限には、実際の病態や治療効果と十分に整合しない部分があります。
■問題点①なぜ薬物療法の開始前に、一律3か月待たなければならないのか?
日本では原則として、ゼップバウンドを処方する医療機関で、食事療法・運動療法を3か月以上行っても十分な体重減少が得られなかったことを確認しなければ、投与を開始できません。
この3か月間には、治療計画に基づく食事療法・運動療法を行い、さらに2か月に1回以上、管理栄養士による栄養指導を受ける必要があります。運動療法についても、症例ごとの身体機能や併存症を踏まえた計画が求められます。
食事療法や運動療法が重要であることは当然です。
ゼップバウンドを使用する場合でも、生活習慣改善は治療の土台になります。
しかし、「食事・運動療法を続けること」と、「薬物療法の開始を必ず3か月遅らせること」は同じではありません。
中等症以上、特に重症のOSASが、3か月間の食事療法と運動療法だけで十分に改善する可能性は高くありません。
短期間でOSASが改善するほどの大幅な減量を達成できる方は限られます。
実際、日本肥満学会の『肥満症診療ガイドライン2022』でも、運動療法は心肺機能の改善、生活習慣病の予防、減量後の体重維持には有用である一方、「体重減少にはあまり効果的ではない」とされています。
高度肥満症では、変形性膝関節症、股関節症、腰痛などの運動器障害を伴い、通常の歩行運動さえ困難な方も少なくありません。
身体機能を十分に評価せず、長時間の歩行などを一律に勧めれば、関節痛や運動器障害を悪化させ、かえって身体活動を低下させる可能性があります。
さらに、治療開始を遅らせている間にも、
- 睡眠中の低酸素
- 日中の眠気
- 血圧上昇
- 集中力低下
- 交通事故リスク
などにさらされ続けます。
特に、CPAPを十分に使用できない重症例で、効果が期待できる治療の開始を一律に遅らせることには問題があります。
食事・運動療法は、ゼップバウンドの開始前だけに行うものではありません。
必要な方には、薬物療法と並行して開始し、治療中も継続する方が合理的です。
実際、日本のガイドラインでも、肥満低換気症候群の一部や心不全例については、医師が早期治療の必要性を判断した場合、3か月の要件を省略できる例外が設けられています。
例外が必要であること自体、一律3か月という条件が、すべての方に医学的に必要なわけではないことを示しています。
■問題点②効果があっても52週間で中止
日本では、ゼップバウンドの投与期間が最大52週間に制限されています。
ガイドラインには、承認申請時に評価された臨床試験の投与期間が52週間だったため、投与期間も最大52週間とする、と記載されています。
さらに、投与開始時から「52週間後までに中止できるよう指導する」ことまで求められています。
しかし、「臨床試験が52週間だった」ことと、「52週間で治療を終了すべき」ということは、医学的には別問題です。
52週間の試験で確認できるのは、少なくとも52週間までの有効性と安全性です。
53週目以降に薬が必要なくなることを意味するわけではありません。
<肥満症は1年間で治る病気ではない>
肥満症は、短期間だけ薬を使用すれば完治する病気ではありません。
食欲やエネルギー消費には、遺伝、脳内の食欲調節、ホルモン、睡眠、社会環境など、多くの要因が関係しています。
体重が減ると、身体は、
- 空腹感を強める
- エネルギー消費を低下させる
- 元の体重に戻ろうとする
という反応を起こします。
このため、減量後の体重維持は、減量そのもの以上に難しいことがあります。
チルゼパチドを中止した臨床試験では、治療を継続した人では減量効果が維持された一方、中止した人では体重が再び増加することが示されています。
この点については、当クリニックの別コラム「肥満薬中止後のリバウンド」で詳しく解説しています。
体重が戻れば、舌や咽頭周囲の脂肪も再び増え、いったん改善したOSASが悪化する可能性があります。
それにもかかわらず、効果があり、安全に使用できている方まで一律に52週間で中止する制度は、肥満症とOSASを慢性疾患として扱う考え方と一致しません。
<「良くなったから中止」では再発する可能性>
日本のガイドラインでは、十分なAHI改善が得られた場合、52週を待たずに中止を検討することも求めています。
しかし、薬を使用して改善したことと、薬が不要になったことは同じではありません。
例えば、高血圧治療薬によって血圧が正常化していても、薬を中止すれば再び上昇することがあります。治療によって数値が改善したことは、治療が不要になったことを意味しません。
ゼップバウンドも同様に、薬の作用によって食欲と体重が管理され、その結果としてOSASが改善している可能性があります。
薬を中止すれば、体重が再増加し、OSASが再発する可能性を考えなければなりません。
より合理的なのは、
- 52週時点で効果と安全性を再評価する
- 効果が乏しい方は中止する
- 副作用が強い方は中止する
- 効果があり、安全に使用できている方は継続を認める
という仕組みではないでしょうか。
■問題点③6~7か月時点で改善しなければ中止
日本のガイドラインでは、
- 3~4か月投与しても減量傾向がなければ中止
- 6~7か月を目安に睡眠検査を実施
- OSASの改善傾向がなければ中止
とされています。
治療効果を定期的に確認し、効果のない薬を漫然と続けないことは重要です。
したがって、6~7か月時点で中間評価を行うこと自体は理解できます。
問題は、その時点で一律に「無効」と判定することです。
<症例ごとの最大耐用量を十分な期間使用できていない可能性>
ゼップバウンドは、最初から最大用量を使用する薬ではありません。
まず、週1回2.5 mgから開始し、通常は4週間ごとに2.5 mgずつ増量します。臨床試験では、症例ごとの最大耐用量である10 mgまたは15 mgを目標用量としており、すべての症例が15 mgまで増量する必要があるわけではありません。
15 mgは臨床試験で設定された目標用量の一つであり、すべての方が15 mgまで増量する必要はありません。順調に15 mgまで増量する場合でも到達には約5か月かかり、副作用などにより10 mgで維持する方や、増量を遅らせる方もいます。そのため、投与開始後6~7か月の時点では、症例ごとの最大耐用量を十分な期間使用できていない場合があります。
体重が引き続き減少している途中であれば、その後さらにOSASが改善する可能性があります。
<AHIは毎晩まったく同じではない>
OSASの重症度を示すAHIは、固定された数値ではありません。
検査時の、
- 仰向けで眠った時間
- REM睡眠の長さ
- 鼻づまり
- 飲酒
- 睡眠時間
- 体調
などによって変動します。
1回の睡眠検査でAHIの改善が明確でなかったとしても、
- 睡眠中の低酸素が改善している
- 日中の眠気が減っている
- 血圧が下がっている
- 体重減少が継続している
- CPAPの必要圧が低下している
可能性があります。
したがって、単回のAHIだけで機械的に治療を中止するのではなく、体重、低酸素負荷、自覚症状、血圧、増量経過など個々の健康状態を総合的に評価する必要があります。
■問題点④専門医がいても、一般クリニックでは処方できない
ゼップバウンドをOSASに対して保険処方するには、対象者側の条件だけでなく、医療機関にも厳しい要件があります。
主な条件には、
- 循環器内科、呼吸器内科、耳鼻咽喉科または内科を標榜
- OSAS診療に十分な経験を持つ医師が関与
- OSAS領域と肥満症領域の専門医がそれぞれ関与
- 関係学会の教育研修施設として認定
- 常勤の管理栄養士が在籍
- 睡眠検査を実施できる、または専門施設と連携
- 副作用に対応できる体制
などがあります。
安全な導入のために一定の施設要件を設けることには合理性があります。
しかし、例えば、糖尿病専門医や内分泌代謝専門医が常勤し、管理栄養士が在籍し、肥満症やCPAP診療を日常的に行っているクリニックであっても、関係学会の教育研修施設として認定されていなければ、ゼップバウンドをOSASに対して保険処方することはできません。
その結果、治療を希望する方が大学病院や大規模病院まで通院しなければならない場合があります。
地方では、処方可能な施設が近くにない地域も生じるでしょう。
処方施設を厳しく限定しすぎれば、治療の安全性を高める一方で、必要な方が治療にアクセスできないという別の問題を生みます。
■米国では投与期間の上限なし
米国では、ゼップバウンドは2024年12月、肥満を伴う中等症から重症のOSAに対する初の治療薬としてFDAに承認されました。
食事療法と身体活動を併用することは求められていますが、日本のような、
- 投与開始前に一律3か月待つ
- 最大52週間で必ず中止する
- 52週までに中止できるよう事前に指導する
- 学会認定施設に限定する
という承認上の制限は設けられていません。
もちろん、米国と日本では医療保険制度や薬剤費の仕組みが異なります。
また、各国の保険者が独自の給付条件を設ける可能性はあります。
したがって、世界中のすべての国に制限がないと断言することはできません。
しかし、少なくとも米国FDAは、52週間の臨床試験を根拠に、治療期間そのものを52週間に限定してはいません。
日本の制度は、少なくとも米国FDAの承認条件と比べても、慎重さの強い仕組みといえます。
■CPAPはすぐに中止してよいのか?
ゼップバウンドを開始しても、CPAPを自己判断で中止してはいけません。
SURMOUNT-OSA試験では、CPAPを使用中の方でもゼップバウンドの有効性が確認されています。
つまり、ゼップバウンドはCPAPと併用することができます。
体重減少が進み、睡眠時無呼吸が改善した場合には、睡眠検査の結果を確認しながら、CPAPの継続、設定変更、離脱の可能性を判断します。
特に重症OSASでは、ゼップバウンドの効果が現れるまでにも一定の期間がかかるため、その間の低酸素を防ぐCPAPは重要です。
「注射を始めたから、もうCPAPは不要」と考えるのは危険です。
■副作用にも注意が必要
ゼップバウンドは非常に高い減量効果を示す一方、副作用がない薬ではありません。
臨床試験で多く認められたのは、
- 悪心
- 下痢
- 便秘
- 嘔吐
- 消化不良
- 胃食道逆流症状
などの消化器症状です。
また、
- 脱水
- 急性腎障害
- 胆石・胆嚢炎
- 膵炎
などにも注意が必要です。適切な症例選択、少量からの増量、定期的な診察は欠かせません。
問題は、処方条件や安全管理が必要かどうかではありません。
適正使用と安全管理が必要であることに異論はありません。
議論すべきなのは、現在の制限が治療を受ける方の安全を守るために必要な範囲にとどまり、実臨床の病態にも適合しているかという点です。
■必要なのは「無制限な処方」ではなく合理的な適正使用
ゼップバウンドは、肥満を伴うすべてのOSASの方に使用すべき薬ではありません。
食事療法や運動療法を行わず、薬だけに頼る治療も適切ではありません。
また、効果が乏しい方や重大な副作用がある方に、漫然と投与を続けるべきでもありません。
しかし、日本の現在の制度には、
- 治療開始前の一律3か月の待機
- 効果があっても最大52週間で終了
- 固定された時期の検査による機械的な中止
- 厳格な施設限定
という問題があります。
肥満症もOSASも、慢性かつ再発しやすい疾患です。
必要なのは、「誰にでも自由に処方できる制度」ではなく、「必要な方には速やかに開始し、食事・運動療法を並行して続け、効果と安全性が確認できる間は継続できる制度」ではないでしょうか。
画期的な治療薬を承認しても、実際に必要とする方に届かなければ、医療の進歩を十分に生かすことはできません。
安全性を守りながら、実臨床の病態に合った処方条件へ見直していくことが求められます。
■参考文献
- Malhotra A, et al. Tirzepatide for the Treatment of Obstructive Sleep Apnea and Obesity. N Engl J Med. 2024;391:1193-1205.
- 厚生労働省.最適使用推進ガイドライン チルゼパチド(販売名:ゼップバウンド皮下注)―閉塞性睡眠時無呼吸症候群―.令和8年5月.
- U.S. Food and Drug Administration. FDA Approves First Medication for Obstructive Sleep Apnea. December 20, 2024.
- Aronne LJ, et al. Continued Treatment With Tirzepatide for Maintenance of Weight Reduction in Adults With Obesity: The SURMOUNT-4 Randomized Clinical Trial. JAMA. 2024;331:38-48.
Peppard PE, et al. Longitudinal Study of Moderate Weight Change and Sleep-Disordered Breathing. JAMA. 2000;284:3015-3021.
(文責:医療法人寿里会すぎもと内科・糖尿病内科クリニック杉本一博)