「血糖だけで終わらない!」2型糖尿病の全身と暮らしを守る治療へ― 2026年ADA/EASD新コンセンサスが示す、これからの糖尿病診療 ―
2026年、米国糖尿病学会(ADA)と欧州糖尿病学会(EASD)は、2型糖尿病の新たなコンセンサスレポート(専門家による合意文書)を発表しました。今回、特に強調されたのは、血糖値だけを整えるのではなく、心臓・腎臓・肝臓、体重、身体機能、心の健康、そして日々の暮らしまで見据えて、長期的な健康を守るという考え方です[1]。
■「高血糖の管理」から「2型糖尿病の管理」へ
2022年版の題名は「2型糖尿病における高血糖の管理」でした[2]。2026年版では「高血糖」が外れ、「2型糖尿病の管理」になりました[1]。もちろん、血糖管理が不要になったわけではありません。2022年版でも心臓や腎臓を守る治療は重視されていましたが、今回の改訂では、合併症の予防、生活の質、身体・心理・社会面の支援を一体として考える姿勢が、より明確になりました。

図の解説:血糖値だけでなく、全身と暮らしを見据える
出典:Davies MJ, et al. Management of Type 2 Diabetes, 2026: A Consensus Report by the ADA and EASD. Diabetes Care. 2026. 原著論文(Figure 1を参考に作成)
■HbA1cが良好でも「全身の健康」を確認する
HbA1cは血糖管理の重要な指標ですが、数値が良好でも心不全や慢性腎臓病などのリスクがなくなるわけではありません。網膜症、腎臓病、神経障害、心血管疾患に加え、肥満症、脂肪肝、睡眠時無呼吸、歯周病、身体機能の低下、心理的な問題など、糖尿病に関連する健康課題を幅広く確認することが大切です[1]。これらの病気には、自覚症状が乏しい段階から進行するものもあります。症状がないことだけを理由に評価を省略せず、基本的な検査や問診で全身の状態を把握し、異常やリスクに応じて詳しい検査と継続的な管理につなげます。十分に調べなければ、病気が存在しても診断されず、早期治療の機会を逃してしまう可能性があります。
■薬の選択は「血糖を下げる力」だけでは決まらない
SGLT2阻害薬やGLP-1関連薬の一部には、血糖を下げる作用に加え、心血管・腎臓への保護効果や体重減少効果が示されています。新コンセンサスでは、心血管疾患、心不全、慢性腎臓病などの有無を踏まえ、HbA1cだけで薬剤選択を決めず、こうした薬剤を診断早期から検討することが重視されています[1]。
ただし、全員に同じ薬が適しているわけではありません。インスリン分泌の状態、インスリン抵抗性、腎機能、体重、低血糖や副作用のリスク、治療に伴う負担、費用、本人の希望を総合して選びます。メトホルミンも、費用面を含めて引き続き重要な選択肢です。SGLT2阻害薬は腎臓での糖とナトリウムの再吸収を抑えます。イメグリミンはインスリン分泌の改善とインスリン抵抗性の改善という両面に働きます。著しい高血糖やインスリン分泌の大幅な低下がある場合には、インスリン治療が必要になることもあります。
■メトホルミンは「古い薬」になったのか?
発症早期の2型糖尿病のある人を対象に、ダパグリフロジンとメトホルミンを比較するSMARTEST試験が実施され、その研究背景や参加者の開始時の特徴が報告されています[3]。2026年のEASD年次学術集会では、この試験の結果に関する発表セッションが設けられました[4]。ただし、ここで引用した文献[3]は試験開始時のデータに関する論文、文献[4]は学会公式のセッション案内であり、主要結果を詳しく記載した一次資料ではありません。そのため、この2つの資料だけから、ダパグリフロジンとメトホルミンの優劣や同等性を判断することはできません。メトホルミンの位置づけは、心不全・慢性腎臓病などの有無を含め、個々の状態に応じて考える必要があります。
■食事・運動・睡眠も大切な治療
新コンセンサスでは、24時間の過ごし方を「5つのS」で捉えています。①長時間座り続けずに立つ(Standing)、②日常の歩数を少しずつ増やす(Stepping)、③心拍数や呼吸が増える中強度~高強度の有酸素運動を行う(Sweating)、④筋力トレーニングを取り入れる(Strengthening)、⑤十分な睡眠をとる(Sleeping)、という5つです[1]。歩数は全員一律に8,000~10,000歩を求めるのではなく、年齢や体力、合併症に応じて、現在の歩数から1日500~1,000歩程度ずつ徐々に増やすことが一つの目安です。
食事も、特定の食品を一律に「良い・悪い」と分けるのではなく、食事全体の質と無理なく続けられることを大切にします。管理栄養士などによる支援に加え、糖尿病について学び、自分に合う治療を医療者と一緒に選べるようになるための支援も重要です[1]。
■当クリニックが大切にしていること
当クリニックでは、低血糖をできる限り避けながら、インスリン分泌の状態、体重、腎機能、副作用、薬剤費、治療に伴う負担を考慮し、一人ひとりと相談して治療を決めてきました。今後も、血糖管理を基盤としながら、心臓・腎臓・肝臓などを守り、合併症を早く見つける視点を大切にします。
仕事や家庭の事情、経済状況、通院のしやすさなどによって、理想どおりの治療が難しいこともあります。治療の利益だけでなく、暮らしへの負担も考え、続けられる方法を一緒に探すことが重要です。
■日本で「全身を守る診療」を実現するために
2026年ADA/EASDコンセンサスが示す包括的な糖尿病診療は、決して特別な医療を求めるものではありません。血糖管理に加えて、合併症や併存疾患を早期に発見し、心臓・腎臓・肝臓などの臓器を守り、生活の質を維持するという、糖尿病診療の本来の目標を改めて明確にしたものです。
しかし、日本の実臨床では、いまだにHbA1cの数値や血糖降下薬の調整が診療の中心となり、全身の合併症や併存疾患の評価が十分に行われていない場面も見受けられます。血糖値が良好であっても、心不全や慢性腎臓病、脂肪肝などが見逃されていては、糖尿病のある人の将来の健康を十分に守ることはできません。
こうした状況を改善するには、医療者が新しい知見を学び続けるとともに、糖尿病のある人にも、なぜ血糖値以外の検査や評価が必要なのかを理解していただくことが重要です。「HbA1cが良ければ安心」という認識から、「全身の健康を継続的に確認する」という考え方へ。 医療者と糖尿病のある人の双方に向けた、地道で継続的な啓発活動が求められます。
一方、心臓や腎臓の変化を早期に見つけるための検査や、臓器保護を目的とした肥満症治療の使用には、日本の保険診療上の適応や算定条件による制約もあります。医療者の努力だけに委ねるのではなく、予防と早期発見を適切に評価し治療に結びつける医療制度の整備も必要です。
糖尿病治療の最終目標は、HbA1cの数字を良くすることだけではありません。合併症を防ぎ、身体機能と生活の質を保ち、10年後、20年後も自分らしい生活を続けられることです。「血糖だけを診ない」とは、血糖管理を軽視することではなく、血糖管理を土台に、その人の全身と暮らしまで診るということなのです。
■参考文献・出典
[1] Davies MJ, et al. Management of Type 2 Diabetes, 2026. Diabetes Care. 2026. doi:10.2337/dci26-0141. 原文・出典
[2] Davies MJ, et al. Management of Hyperglycemia in Type 2 Diabetes, 2022. Diabetes Care. 2022;45:2753–2786. doi:10.2337/dci22-0034. 原文・出典
[3] Eriksson JW, et al. SGLT2 inhibitor or metformin as standard treatment in early-stage type 2 diabetes? Baseline data in SMARTEST. Diabetes Obes Metab. 2026. doi:10.1111/dom.70320. 原文・出典
[4] European Association for the Study of Diabetes (EASD). Results of the SMARTEST trial: should metformin be replaced by SGLT2 inhibition as first-line treatment? EASD 2026, Milan, October 1, 2026. EASD公式セッション案内(主要結果の抄録ではありません)。
(文責:医療法人寿里会すぎもと内科・糖尿病内科クリニック杉本一博)