🩺2型糖尿病の薬物治療、どう選ばれるの?~日本糖尿病学会の最新アルゴリズムとその注意点 ~
糖尿病の治療は「お薬がたくさんあって難しそう」と感じる方も多いと思います。
確かに糖尿病治療薬は、皆さま一人ひとりの体質や生活背景、併存症(糖尿病以外の病気)に合わせて、もっとも副作用や負担が少なく健康への利益が大きいお薬から選ばれる必要があります。2型糖尿病は正常にまで改善することも可能ですが、「治る」ことはありません。逆に、「治療中断」するとしばしば一気に合併症リスクが高まりますので、一生を見据えた専門性の高い治療が必要となります。
ここでは、まず日本糖尿病学会が示す「2型糖尿病の薬物療法アルゴリズム(2023年改訂版)」(下図)をできるだけ分かり易く解説し、その後に実際にお薬を選ぶ際の注意点と当クリニックでの治療方針を紹介します。

📝:アルゴリズムとは?
― 治療を“迷わず、正確に”進めるための道標(みちしるべ) ―
ある問題を解決するための“手順”や“流れ”を順序立てて示したものを指します。
もともとは数学やコンピュータの分野で使われていた言葉ですが、
医療の世界では、診断や治療の進め方を整理した“決定の流れ図(フローチャート)”を意味します。
Step 1:インスリンが必要かどうかを判断
まず確認するのは、「インスリン注射がすぐに必要か」という点です。血糖値が非常に高い場合や、膵臓のインスリン分泌が極端に低下している(1型糖尿病が疑われる)場合は、早期からインスリン治療を行います。この判断を誤ると救急搬送に繋がるケースや最悪生命にかかわる場合もあり得ますので重要な判断になります。
一方で、そうでない場合は内服薬(飲み薬)を中心に治療を始めます。
📝:日本の保険診療審査では、何十年も前からクリニック初診でのインスリンを含む注射製剤の処方を原則認めない方針を続けています。現状の日本を含む世界的なガイドラインに反した全く時代錯誤の方針で、場合によっては糖尿病重症化による救急搬送、緊急入院など高額医療の原因にもなり得る規制のため早急に見直す必要があります。
Step 2:肥満の有無で薬を選択
次のステップとして、日本の学会のアルゴリズムでは病態に応じてお薬を選ぶために「肥満があるかどうか」を目安にしています。
肥満の基準は以下の通りです:
■日本における肥満の定義:BMI 25kg/m2以上
■日本における内臓脂肪蓄積を示す腹囲の基準:男性 85cm以上,女性 90cm以上
- 肥満がある方(インスリン抵抗性が強いタイプ)
→ 体重減少やインスリン抵抗性の改善を目指す薬を使います。
例:SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬、ビグアナイド薬など - 肥満がない方(インスリン分泌不足が主なタイプ)
→ インスリンの分泌を助ける薬を中心に使います。
例: SU薬、速効型インスリン分泌促進薬(グリニド系)など
📝:インスリンとは?
血糖値を下げる(血液中のブドウ糖を肝臓、脂肪、筋肉の細胞内に取り込む)働きを持つ唯一と言って良いホルモンの一つです。
Step 3:安全性の配慮
薬にはそれぞれ特徴があり、低血糖や腎臓への影響などのリスクにも注意が必要です。
腎機能が低下している方、心不全をお持ちの方、低血糖を避けたい高齢の方など、
それぞれの病状に合わせて薬が慎重に選ばれます。
📝:日本ではメトホルミンが心不全で禁忌(処方してはいけないお薬)となっていますが、欧米先進国の主要なガイドラインではむしろメトホルミンは安定した心不全に推奨されるお薬の一つになっています。
Step 4:併存症やリスクに応じた“追加の効果”を重視
糖尿病治療薬の中には、血糖コントロール以外にも腎臓や心臓、血管と言った臓器への保護効果を持つ薬があります。
- 心不全のある方 → SGLT2阻害薬
- 心血管疾患のある方 → SGLT2阻害薬 または GLP-1受容体作動薬
- 慢性腎臓病(CKD)のある方 → SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬
これらの薬は、糖尿病に併存する病気を予防・改善する「守りの薬」としても注目されています。
Step 5:生活背景や費用も考慮
どんなに良い薬でも、続けられなければ意味がありません。
通院しやすさ、薬の飲みやすさ、副作用、費用など、
その方のライフステージ、ライフスタイルに合わせた「現実的で続けやすい治療」が大切です。
🧭アルゴリズムの注意点
💊肥満の有無だけでは、最適な薬の選択は難しい
― 日本糖尿病学会アルゴリズムの「現実的な限界」 ―
日本糖尿病学会が示す2型糖尿病の薬物療法アルゴリズムでは、最初のステップとして「肥満があるか・ないか」によって薬剤を選ぶように示されています。
つまり、肥満のある方はインスリン抵抗性(インスリンが膵臓から分泌されても十分働かず血糖値が下がらない状態)を重視し、非肥満の方はインスリン分泌不足(インスリンが膵臓から十分分泌されない状態)を想定して薬を選ぶという考え方です。
しかし、実際にアルゴリズムをよく見ると、
肥満の有無に関係なく多くの薬剤が両方のカテゴリーに重複して(下図の茶色文字)記載されています。

🩺実際の重複状況
- 非肥満(BMI<25)にのみ記載されている薬剤
➡ グリニド薬、スルホニル尿素薬(SU薬) - 肥満(BMI≧25)にのみ記載されている薬剤
➡ チアゾリジン薬、チルゼパチド - 両方に共通して記載されている薬剤
➡ DPP-4阻害薬、ビグアナイド薬、SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬、α-GI、イメグリミンなど
このように、ほとんどの薬が「どちらにも使える」とされているのが実情です。
また肥満の方に推奨されているチアゾリジン薬には体重を増加させる作用があり、実際の診療では肥満の方には処方しにくいお薬となっています。
更に肥満のない方でも肥満のある方と同じくらいインスリンが十分出ている場合も珍しくありません。このような場合、更にインスリン分泌を増やしても血糖値はほとんど低下しないのが実情です。
🩸同じ体格でも「インスリンの出方」は人それぞれ
私たちの体は、血糖値を下げるために「インスリン」というホルモンを分泌しています。
しかし、このインスリンの“出方”には大きな個人差があることがわかっています。
― 太田西ノ内病院糖尿病センターでの入院症例データより ―

当クリニック院長が太田西ノ内病院糖尿病センター勤務時に解析した647名の2型糖尿病入院症例(腎臓の機能が保たれている方)のデータでは、
BMI(体格指数)が上がるにつれて空腹時のインスリン分泌を示すCペプチド値も増加する傾向が見られました。
これはインスリンをより多く分泌するとより多く脂肪をため込めるというインスリンの肥満作用を反映していると考えられます。このインスリンの肥満作用は下図のように肥満の有無にかかわらず同様でした。

日本人はもともと欧米人よりインスリン感受性が高く(インスリンが効果を発揮しやすく)分泌が少ない体質ですが、それでもインスリン分泌が多くなると体脂肪蓄積が進むことがわかります。
📝:報告によって異なりますが、健常日本人の平均的な体脂肪率(体脂肪量/体重)は男性で10~24 %、女性で 20~30 % が「標準」範囲とされています。
⚖️インスリンが増えても、血糖値が下がるとは限らない
同じ症例で、インスリン分泌量(Cペプチド値)と血糖コントロール(HbA1c)を比べると、
BMIが25未満の方(赤ダイヤ)では、インスリンが一定以上増えてもHbA1c(血糖値の指標)はあまり低下しない傾向がありました。
一方、BMIが25以上の方(青ダイヤ)では、インスリン分泌が増えるにつれて血糖値は少しずつ下がる傾向があります。
ただしその分、体重がさらに増えてしまうリスクもあります。
いずれにしても白人や黒人に比べてインスリン感受性の高くインスリン分泌の少ない我々日本人においても、インスリン分泌の増加による血糖低下作用はさほど大きくなく肥満作用の方が大きいことになります。肥満の有無に関わらずインスリン抵抗性改善に主眼を置いたお薬の選択が大切です。

🚨「血糖値だけ」ではなく、全身のバランスが大切
血糖値が下がること自体は良いことですが、
肥満が高度になると 高血圧・脂質異常症・睡眠時無呼吸・脂肪肝など、
重大な生活習慣病のリスクが一層高まります。
そのため、糖尿病治療では「血糖値を下げる」ことだけでなく、
体重・血圧・脂質・肝機能など全身のバランスを整えることが非常に大切です。
すぎもと内科・糖尿病内科クリニックでは、
データに基づいた多面的な視点で、皆さま一人ひとりに合わせた最適な治療を提案しています。
🩺 参考データ:
太田西ノ内病院糖尿病センター入院症例(2011〜2019年, n=647, 平均年齢54歳)解析結果より
⚖️なぜ、病態に応じた薬剤選択が難しいのか?
① 2型糖尿病は「多様な病態」の集合体だから
2型糖尿病は、単に「太っている・いない」だけで決まる病気ではありません。
- インスリンの分泌が弱いタイプ
- インスリンは出ているが効きにくいタイプ(抵抗性優位)
- その両方が様々な割合で混在するタイプ
といったように、一人ひとり病態が重なり合っています。
肥満の有無だけで分類すると、こうした違いを十分に反映できません。
② 肥満の定義(BMI)自体が病態を正確に反映しない
BMIはあくまで「体重÷身長²」という数値であり、
筋肉量や内臓脂肪の分布までは反映できません。
同じBMIでも、筋肉質な方と内臓脂肪の多い方では代謝の状態が大きく異なります。
したがって、BMIだけで“インスリン分泌低下”“インスリン抵抗性”を判断するのは限界があるのです。
③ 現在の糖尿病薬は“多機能化”している
近年の薬剤(SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬、メトホルミン、イメグリミンなど)は、血糖を下げるだけでなく、体重減少、心腎保護、酸化ストレス軽減など複数の作用を持っています。
そのため、「この薬は肥満向け・非肥満向け」と単純に線引きするのが難しくなっています。
💡つまり、このアルゴリズムの問題点は…
肥満の有無という一軸の分類では、実際の多様な病態を十分に反映できないという点です。
実際の診療では、
- 血糖の推移(空腹時・食後)
- インスリン分泌能(Cペプチド)
- 併存症の有無(腎・心・肝)
- 年齢・体力・低血糖リスク
などを総合的に評価して薬を選択する必要があります。
🧭まとめ:治療は“オーダーメイド”で進めます
糖尿病治療は、単に血糖を下げることが目的ではなく、出来るだけ負担を少なく一生を見据えて「併存症/合併症を防ぎ、健康で長く生きること」が最終目標です。
すぎもと内科・糖尿病内科クリニックでは、皆さま一人ひとりに最適な治療を丁寧にご提案しています。
🩸 参考資料
日本糖尿病学会:コンセンサスステートメント策定に関する委員会
『2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)』
(糖尿病66巻10号:715–733, 2023)
(文責:杉本一博)