「生活習慣病」の背後にひそむ社会的決定因子(SDOH)とは?~「生活環境病」としての側面を医師が解説~
糖尿病、肥満症、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病は、「食べ過ぎ」「運動不足」「自己管理の問題」と考えられがちです。
もちろん、食事・運動・薬物療法はとても大切です。しかし、その背後にひそむ見えにくい要因があることに、これまではあまり焦点をあてることができていませんでした。
同じように治療を受けていても、血糖値や血圧が安定しやすい方もいれば、なかなか改善しにくい方もいます。体重が減りやすい方もいれば、努力しているにもかかわらず、思うように減らない方もいます。
その背景には、体質や病態だけでなく、生活環境や社会的な要因が深く関わっており、「生活環境病」という側面もあります。
このような、健康に影響を与える生活背景や社会環境のことを、健康の社会的決定因子と呼びます。英語では Social Determinants of Health といい、略して SDOH と表されます。
💡 ポイント:生活習慣病は、食事・運動・薬だけでなく、教育、仕事、家庭、収入、地域環境、医療アクセスなどの社会的背景(SDOH)の影響も受けます。
🔍 SDOHとは何か
SDOHとは、病気そのものではなく、人が生まれ、育ち、学び、働き、暮らしていく環境の中で、健康に影響を与える社会的な条件のことです。
世界保健機関(WHO)は、SDOHを「人が生まれ、育ち、働き、生活し、年を重ねる環境」と、それらを形づくる社会的・経済的な力として説明しています[1]。
たとえば、次のようなものが含まれます。
- 経済的な余裕
- 学歴や健康情報へのアクセス
- 仕事の内容や勤務時間
- 夜勤やシフト勤務
- 家族や周囲からの支援
- 通院しやすさ
- 食事を準備できる環境
- 住んでいる地域の食品環境
- 運動しやすい環境
- スマートフォンやインターネットを使える環境
- 医療機関へのアクセス
これらは一見、医学とは直接関係がないように見えるかもしれません。
しかし、生活習慣病の治療を続けるうえでは、非常に重要な要素です。
糖尿病領域では、Diabetes Careの総説で、教育レベル、雇用、収入、住環境、食品アクセス、医療アクセスなどが、糖尿病の発症や管理に影響することが整理されています[2]。

なお、ストレスや睡眠不足そのものは、厳密にはSDOHではありません。ただし、長時間労働、夜勤やシフト勤務、経済的不安、家族の介護、社会的孤立などのSDOHによって、ストレスが増えたり、睡眠が乱れたりすることがあります。その結果、食欲、体重、血糖値、血圧、治療継続に影響することがあります。
🧩 「分かっていてもできない」背景にあるもの
生活習慣病の治療では、「食事に気をつけましょう」「運動しましょう」「薬を忘れずに飲みましょう」と説明されることがあります。
しかし、実際には、SDOHの影響によりそれを続けることが難しい場合があります。
たとえば、仕事が忙しく、決まった時間に食事をとれない方がいます。夜勤やシフト勤務で、食事や睡眠のリズムが乱れやすい方もいます。家族の介護や育児があり、自分の通院や運動の時間を確保しにくい方もいます。
健康的な食材を選びたくても、価格が高い、調理する時間がない、近くに買える場所が少ないということもあります。通院したくても、自家用車がない、家族の送迎が必要、公共交通機関が不便という問題もあります。
食料不安と糖尿病に関するDiabetes Careの総説でも、健康的な食品へのアクセスや食料不安が、糖尿病の格差や治療継続に関わる重要な課題として整理されています[3]。
🍽️ Food Is Medicine(FIM)という考え方
近年、海外では Food Is Medicine(FIM) という考え方も注目されています。直訳すると「食は医療」という意味ですが、これは「食べ物だけで病気を治す」という意味ではありません。
FIMとは、医療機関や保険者、地域の支援組織などが連携し、病気の予防や管理、治療を支えるために、栄養のある食品や食事支援を医療の一部として取り入れる考え方です。
具体的には、病状に合わせた食事の提供、健康的な食品セットの支援、野菜や果物を購入できる食品処方箋のような仕組みなどが含まれます。こうした取り組みは、特に糖尿病のある人で研究が進んでいます。
最近のレビューでは、健康的な食品支援により、野菜や果物の摂取量が増え、BMIやHbA1cが改善する可能性が報告されています。一方で、研究の方法や対象者にはばらつきがあり、すべての人に同じ効果が期待できるわけではありません。
重要なのは、糖尿病や肥満症の食事療法を「本人の努力」だけに任せるのではなく、健康的な食品を選びやすい環境を整える取り組みです。食事指導に加えて、食品へのアクセス、経済的負担、調理環境、家族の支援などを考えることが、これからの生活習慣病診療ではますます重要になります。
つまり、海外では、背景にある「本人の努力」だけでは変えにくい社会的要因を公的支援によって改善する取り組みが進んでいるのです。
一方、日本では、食料品の消費税減税をめぐる議論はありますが、健康的な食品を選びやすくし、糖分・脂質・塩分の多い加工食品の過剰摂取を抑えるような、予防医学の視点に立った食政策の議論は十分とはいえません。
社会保障費の抑制が叫ばれる一方で、肥満症、糖尿病、高血圧、脂質異常症などの予防にとって最も重要な土台である「日々の食生活」を、社会全体で支える公的な仕組みはまだ限られています。
本来であれば、健康的な食品へのアクセスを改善し、経済的な理由で望ましい食事を選びにくい人に、例えば食品処方箋を発行して支援することは、将来の生活習慣病や合併症を減らすための重要な投資です。食事を個人の努力だけに任せるのではなく、健康的な選択をしやすい生活環境を整える視点が、日本でも必要になっています。
⚖️ 肥満症とSDOH
肥満症は、単に体重が多い状態ではありません。内臓脂肪の蓄積、インスリン抵抗性、脂肪肝、睡眠時無呼吸症候群、高血圧、脂質異常症、2型糖尿病など、さまざまな健康障害と関係します。
しかし、体重が増える背景には、個人の食欲や運動量だけでなく、生活環境も影響します。
たとえば、忙しい勤務環境では、短時間で食べられるコンビニ食品やファストフードに頼らざるを得ないことがあります。安価で手に入りやすい食品が、菓子パン、揚げ物、カップ麺、清涼飲料水などに偏りやすい場合もあります。
また、疲労や睡眠不足が続くと、食欲が増えたり、甘いものや脂っこいものを選びやすくなったりします。これは「意思が弱い」という問題だけではなく、生活環境や体の反応として起こり得ることです。
そのため肥満症の治療では、単に「食べないようにしましょう」と伝えるだけでは不十分です。どのような環境の中で体重が増えやすくなっているのか、無理なく続けられる方法は何かを、一緒に考えることが大切です。
🩺 糖尿病とSDOH
2025年のJournal of Diabetes Investigation総説では、アジアの2型糖尿病においても、社会経済状況、物理的・食品環境、医療アクセス、社会的文脈が有病率や管理に関わると報告されています[4]。

糖尿病の診療では、血糖値、HbA1c、体重、血圧、脂質、腎機能などを確認します。しかし、検査値だけを見ても、なぜ血糖コントロールが難しいのかは分かりません。
たとえば、薬を飲み忘れている背景に、仕事の不規則さ、経済的負担、独居、家族支援の不足、医療情報を確認しにくい環境があるかもしれません。
食事療法が難しい背景に、調理する人がいない、外食や中食が多い、家族と食事内容を合わせる必要がある、食費を抑えざるを得ない、といった事情があるかもしれません。
運動療法が難しい背景に、仕事や介護による時間不足、近くに歩きやすい場所がない、運動施設を利用しにくい、膝や腰の痛み、足のしびれなどがあるかもしれません。
このような背景を把握しないまま、「もっと頑張りましょう」と言っても、治療はうまく進みにくくなります。
🫀 高血圧や脂質異常症にも関係します

SDOHは、糖尿病や肥満症だけでなく、高血圧や脂質異常症にも影響します。
たとえば、塩分を控える必要があると分かっていても、外食や惣菜が多い生活では、食塩量を調整しにくいことがあります。野菜や魚を増やしたくても、価格や調理時間の問題で難しいこともあります。
仕事や家庭の事情で通院間隔が空いてしまうと、血圧や脂質の薬が切れてしまうこともあります。薬代の負担が気になり、受診を先延ばしにしてしまう方もいます。
このように、生活習慣病の管理には、食事や運動の知識だけでなく、それを実行できる環境が大きく関わります。
高血圧についても、2024年のシステマティックレビューで、教育、医療保険、収入、近隣環境などのSDOHが、高血圧の有病率や血圧管理と関係することが報告されています[5]。
心血管領域でも、2024年の米国心臓病学会/米国心臓協会(ACC/AHA) の文書で、教育・収入・雇用、健康リテラシー、デジタルアクセス、食品アクセス、保険、交通などのSDOHを、診療や研究で標準化して扱う重要性が示されています[6]。
さらに、2025年の米国郡レベル解析では、社会的剥奪指数が高い地域ほど心血管・腎・代謝疾患関連の死亡負担が大きい可能性が示され、地域レベルの環境が生活習慣病の予後にも関わることが示唆されています[7]。

米国の郡レベル解析では、心血管・腎・代謝疾患に関連する死亡負荷は、米国全体に均一に分布しているわけではなく、南部、アパラチア、ミシシッピ・デルタ、オクラホマ周辺などで高い傾向が示されています。
この分布は、旧工業地帯であるラストベルト(Rust Belt)と一部重なる地域もありますが、より正確には、脳卒中ベルト(Stroke Belt) や 糖尿病ベルト(Diabetes Belt) と呼ばれる、米国南部・アパラチア地域にみられる健康格差に近いものです。
日本の市町村別データを用いた研究では、2013〜2017年の糖尿病死亡の標準化死亡比に地域差が認められ、男性では単身世帯割合や失業率の高さ、女性では父子家庭割合やブルーカラー労働者割合の高さなどが、糖尿病死亡の地域差と関連することが報告されています[8]。
さらに、全死亡や心疾患、脳卒中、腎不全などの死亡についても、市町村の社会経済状況による格差が示されています。虚血性心疾患では、社会経済的剥奪が高い市町村ほど死亡リスクが高い可能性も報告されています。
ただし、日本では米国のように「糖尿病ベルト」や「脳卒中ベルト」といった名称が一般的に定着しているわけではありません。日本では、所得格差による医療格差が起きにくい国民皆保険制度があり、日本の地域差は、所得、雇用、家族構成、医療アクセス、食文化、塩分摂取、都市部・地方の違いなど、複数の要因が重なって生じていると考えられます。
🤝 SDOHを把握することは、責めるためではありません
SDOHについて尋ねる目的は、生活を評価したり、誰かを責めたりすることではありません。
むしろ、治療がうまくいかない理由を「本人の努力不足」と決めつけないために必要です。
たとえば、薬を飲み忘れてしまう背景には、仕事の不規則さ、家族の介護、経済的な負担、医療情報を確認しにくい環境などがあるかもしれません。食事療法や運動療法が難しい場合にも、時間、費用、家族の支援、通院手段、地域の環境などが関係していることがあります。
当クリニックでは、初診時のウェブ問診票で、糖尿病や生活習慣病の状態だけでなく、仕事、同居家族、食事の準備、運動習慣、睡眠、通院や自己管理を妨げる要因、支えてくれる人の有無などについても確認しています。
これらの質問は、生活を細かく評価したり、できていない点を探したりするためのものではありません。一人ひとりの生活背景を理解し、無理なく続けられる治療方針を考えるためのものです。回答しにくい内容がある場合は、無理に答えていただく必要はありません。
こうした背景を知ることで、医療者はより現実的な治療方針を考えることができます。
薬代の負担が気になる方には、効果・安全性・費用のバランスを考えて薬を選ぶ。夜勤やシフト勤務がある方には、食事時間や薬の使い方を勤務に合わせて調整する。家族の支援が得にくい方には、管理栄養士や看護師との関わりを増やす。スマートフォンやLINEでの確認が難しい方には、紙の資料や診察時の説明を重視する。
SDOHを把握することは、一人ひとりに合った、無理なく続けられる治療につなげるための大切な手がかりです。
🗣️ 「生活習慣病」という言葉だけでは説明できない
糖尿病、肥満症、高血圧、脂質異常症などは、しばしば「生活習慣病」と呼ばれます。
しかし、この言葉だけが強調されると、「生活が悪いから病気になった」「自己管理ができていない」と受け止められてしまうことがあります。
実際には、生活習慣病は本人の意思だけで決まるものではありません。仕事、家庭、収入、住んでいる地域、周囲の支援、医療へのアクセスなどによって大きく左右されます。
その意味で、糖尿病、肥満症、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病には、本人の生活習慣だけでなく、社会的背景が発症や治療継続に影響する 「生活環境病」ともいえる側面 があります。
もちろん、自身のできる範囲で食事や運動を見直すことは重要です。しかし、現実の社会生活の中で続けられる方法でなければ、長続きしません。
だからこそ、生活習慣病の治療では、「正しいことを知っているか」だけでなく、「それを実行できる生活環境があるか」を考える必要があります。
| 生活習慣病から、生活環境病へ 生活習慣病は、本人の努力だけでなく、働き方、食環境、家庭環境、地域環境、医療アクセスにも影響されます。 本人を責める医療から、続けられる環境を整える医療へ。 |
🏥 当クリニックで大切にしたいこと
生活習慣病の治療では、検査値を改善することだけでなく、治療を無理なく続けられることが重要です。
そのためには、薬の選択、食事の工夫、運動の提案だけでなく、生活背景を含めて考える必要があります。
「分かっているけれどできない」
「やろうと思っても続かない」
「治療費が気になる」
「仕事や家族の事情で自分の健康を後回しにしてしまう」
「スマートフォンやLINEでの情報確認が難しい」
こうした悩みは、決して珍しいものではありません。
生活習慣病は、本人の責任だけで起こる病気ではありません。体質、年齢、ホルモン、睡眠、仕事、家庭環境、社会的背景が複雑に関係しています。
だからこそ、治療では「正しいことを伝える」だけでなく、「その方の生活の中で実行できる方法を一緒に考える」ことが大切です。
✅ まとめ
SDOHとは、健康に影響を与える社会的・生活的な背景のことです。
糖尿病、肥満症、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病は、食事、運動、薬だけでなく、仕事、家庭、経済的負担、通院手段、支援者の有無、地域の食品環境、医療情報へのアクセスなどが治療の継続に大きく関わる「生活環境病」という側面があります。
治療がうまくいかないとき、それは必ずしも本人の努力不足ではありません。背景にある生活環境を理解することで、より無理のない、続けやすい治療につながります。
生活習慣病の治療では、検査値だけでなく、その人の暮らし全体を見ながら、一緒に現実的な方法を考えていくことが大切です。
📚 出典
[1] World Health Organization. Social determinants of health. WHO. https://www.who.int/health-topics/social-determinants-of-health
[2] Hill-Briggs F, Fitzpatrick SL. Overview of Social Determinants of Health in the Development of Diabetes. Diabetes Care. 2023;46(9):1590-1598. doi:10.2337/dci23-0001.
[3] Levi R, Bleich SN, Seligman HK. Food Insecurity and Diabetes: Overview of Intersections and Potential Dual Solutions. Diabetes Care. 2023;46(9):1599-1608. doi:10.2337/dci23-0002.
[4] Sung K, Lee SH. Social determinants of health and type 2 diabetes in Asia. J Diabetes Investig. 2025;16(6):971-983. doi:10.1111/jdi.70024.
[5] Metlock FE, Hinneh T, Benjasirisan C, et al. Impact of Social Determinants of Health on Hypertension Outcomes: A Systematic Review. Hypertension. 2024;81(8):1675-1700. doi:10.1161/HYPERTENSIONAHA.123.22571.
[6] Morris AA, Masoudi FA, Abdullah AR, et al. 2024 ACC/AHA Key Data Elements and Definitions for Social Determinants of Health in Cardiology: A Report of the ACC/AHA Joint Committee on Clinical Data Standards. J Am Coll Cardiol. 2024;84(14):e109-e226. doi:10.1016/j.jacc.2024.05.034.
[7] Cotton A, Salerno PRVO, Deo SV, et al. The association between county-level social determinants of health and cardio-kidney-metabolic disease attributed all-cause mortality in the US: A cross sectional analysis. Am J Med Sci. 2025;369(4):491-497. doi:10.1016/j.amjms.2025.01.007.
[8] Otsuka T. Socioeconomic Predictors of Diabetes Mortality in Japan: An Ecological Study Using Municipality-specific Data. J Prev Med Public Health. 2021;54(5):332-341. doi:10.3961/jpmph.21.215.
(文責:医療法人寿里会すぎもと内科・糖尿病内科クリニック杉本一博)