外来データ提出加算から充実管理加算への「改悪」
後退する日本の学習型医療システム〜「充実」の名で欠乏する臨床データ〜
2026年6月の診療報酬改定により、生活習慣病管理料に係る従来の「外来データ提出加算」は「充実管理加算」へ名称変更され、評価体系も見直されました[1]。
新制度では医療機関の入力項目が大幅に減り、事務負担は軽くなりました。しかし、削除されたのは単なる事務項目ではありません。血圧、HbA1c、LDLコレステロール、体重、喫煙状況、糖尿病合併症など、高血圧、糖尿病、脂質異常症の管理状態を把握するために重要な臨床情報です[2]。
入力負担を減らすために二重入力の仕組みを改善するのではなく、分析に必要なデータそのものを削除する――。今回の見直しは、日本が構築すべき「学習型医療システム」を後退させる制度変更ではないでしょうか。
■学習型医療システムとは何か
学習型医療システム、英語ではLearning Health System(LHS)とは、米国医学研究所、現在の米国医学アカデミーが提唱・発展させてきた概念です。
日常診療から得られるデータや経験を継続的に収集・分析し、そこで生まれた知識を再び診療へ還元することによって、医療の質を絶えず改善していく仕組みを意味します[3][4]。
その基本的な循環は、次のように表せます。
日常診療(Practice)→ データの収集(Data)→ 分析と知識の創出(Knowledge)→ 診療への還元(Improved Practice)→ 新たな診療データ

LHSの目的は、行政報告のためにデータを集めることではありません。
診療から生まれたデータを知識へ変え、その知識を医療現場へ戻し、改善後の診療を再び評価する。医療現場と研究・質改善が循環し、診療のたびに医療システム全体が学び続けることが本質です。
■外来データ提出加算が持っていた可能性
従来の外来データ提出加算では、生活習慣病管理料(Ⅰ)または(Ⅱ)の対象となる高血圧、糖尿病、脂質異常症について、医療機関が臨床情報を継続的に提出していました。
旧制度の外来様式1には、身長、体重、喫煙状況に加え、次のような情報が含まれていました[2]。
- 糖尿病の血糖コントロール、網膜症、腎症、神経障害
- 高血圧の血圧分類、リスク層、収縮期・拡張期血圧
- 脂質異常症のリスク分類、LDLコレステロール
- 脳卒中、急性冠症候群、心不全、慢性腎臓病
- 高尿酸血症、尿酸値
これらを同一形式で継続的に収集し、適切に時系列で連結できれば、全国の実臨床について、次のような状況を把握できる可能性がありました。
- 高血圧のある人の血圧管理状況
- 糖尿病のある人の血糖コントロール状況
- 糖尿病網膜症・腎症・神経障害の保有状況
- 心血管リスクに応じたLDLコレステロールの管理状況
- 肥満や喫煙を伴う人の割合
- 年齢、リスク区分、併存疾患別の管理状況
- 地域や医療機関の特性による管理状況の違い
- 管理指標と脳卒中・急性冠症候群などの発症との関連
- 実臨床での検査データの変動幅、改善率・悪化率
特に重要なのは、単一時点の平均値だけではありません。
同じ人の血圧、HbA1c、LDLコレステロール、体重などを時系列で蓄積できれば、「改善した人は何%か」「悪化した人は何%か」「改善幅・悪化幅はどの程度か」という、日常診療に直結する縦断的評価が可能になります。
旧制度の項目だけで、特定の薬剤や治療法の効果を因果的に証明することは困難です。それでも、全国の生活習慣病管理の実態を可視化し、改善すべき集団や地域を明らかにする基礎データとして、大きな価値がありました。
旧・外来データ提出加算は完成したLHSではありませんでしたが、全国の診療所を含む外来リアルワールドデータ基盤へ発展する入口になり得たのです。
■問題はデータではなく二重入力だった
旧制度の入力負担が重かったことは事実です。
厚生労働省の調査では、入力のための人員を確保できないことや、電子カルテ・レセプトコンピューターが対応していないことなどが、外来データ提出加算の導入を妨げる要因として挙げられていました[5]。
しかし、本来改善すべきだったのは、収集する臨床情報ではありません。
血圧や検査値がすでに電子カルテに保存されているにもかかわらず、提出用ソフトへ再入力しなければならない仕組みこそが問題でした。
目指すべき方向は、入力負担を減らすために、価値のあるデータを削除することではなく、価値のあるデータを電子カルテや検査システムから自動抽出することだったはずです。
■充実管理加算で何が失われたのか
2026年度改定では、身長・体重、喫煙歴、HbA1c、糖尿病合併症、血圧、LDLコレステロール、尿酸値などが外来様式1から削除されました[2]。
充実管理加算で評価されるのは、主として次のようなプロセスです。
- 継続して受診しているか
- HbA1c検査や脂質検査を実施したか
- 特定健康診査を受けたか
- 眼科・歯科との連携加算を算定したか
もちろん、継続受診や検査、他科との連携は重要です。
しかし、HbA1c検査を行ったことが分かっても、HbA1cが7%なのか10%なのかは分かりません。
脂質検査を行ったことが分かっても、LDLコレステロールが心血管リスクに応じた目標を達成しているかは分かりません。
受診を継続していても、血圧が130/80mmHgなのか180/100mmHgなのかは分かりません。
つまり、「何を行ったか」は評価できても、「その結果どうなったか」は評価できないのです。「検査をしたこと」と「病状を良好に管理できたこと」は同じではありません。
■海外ではデータを診療改善へ戻している
〇オーストラリア:HealthTracker
オーストラリアのHealthTrackerは、一般診療所の電子カルテから血圧、脂質、喫煙状況などを読み取り、心血管リスクを計算して、診察時にガイドライン上の推奨を表示するシステムです。検査や治療が不十分な可能性のある人を抽出し、診療所へ実績をフィードバックする機能も備えていました[6]。
60施設、3万8,725人を対象としたTORPEDO試験では、心血管リスク評価に必要な情報が適切に記録されていた割合が、通常診療群の53.4%に対し、介入群では62.8%へ改善しました[7]。
すべての治療指標が改善したわけではありませんが、
電子カルテデータ→ リスク評価→ 診療時の推奨→ 施設へのフィードバック→ 診療改善
というLHSの循環を、実際のプライマリケアへ組み込んだ代表例です。
〇韓国:OMOP-CDMとFeederNet
韓国では、病院ごとに異なる電子カルテ情報を、OMOP Common Data Modelという共通形式へ変換し、多施設で同じ解析を行えるFeederNetが構築されています。
2022年10月時点で57の三次・二次総合病院が参加し、韓国の三次病院の72%以上を含む全国規模のネットワークへ発展していました[8]。
FeederNetでは、個々の診療データを中央へ集めるのではなく、同じ解析プログラムを各病院のデータベースで実行し、集計結果を統合します。個人単位の情報を病院外へ移動させずに、多施設の実臨床データを解析できる分散型研究ネットワークです。
さらに、Samsung Medical Centerでは、FHIRという標準規格を用い、救急外来の心電図から急性冠症候群が疑われた場合に、医師の端末と電子カルテへ数分以内にアラートを送る仕組みが実装されています[9]。
韓国にも、研究成果を全国の診療へ常時還元するという点で課題は残っています。それでも、韓国は「異なるデータを分析可能な形に標準化する」方向へ進んでいます。
一方、日本は、すでに収集していた臨床的に重要なデータを削除する方向へ進んでいます。
〇米国:血圧・脂質の遠隔管理
米国Mass General Brighamでは、電子カルテ、家庭血圧、検査データを統合し、高血圧またはLDLコレステロールが目標に達していない人を抽出する遠隔管理プログラムが実施されました。
1万803人が参加し、ナビゲーターと薬剤師が標準化されたアルゴリズムに基づいて薬剤を調整しました。12か月後、薬剤調整を受けた群では診察室血圧が平均9.7/5.2mmHg低下し、LDLコレステロールも平均37.5mg/dL低下しました[10]。
これは、日常診療から得られた数値を継続的に解析し、その結果を治療判断へ戻すことで、実際の管理指標を改善した例です。
■日本が目指すべき仕組み
日本が行うべきだったのは、臨床データの削除ではなく、データ収集の自動化と標準化です。
最低限でも、次の情報を電子カルテや検査システムから自動抽出できる仕組みが必要です。
- 収縮期・拡張期血圧
- HbA1c
- LDLコレステロール
- 身長、体重、BMI
- 喫煙状況
- eGFR、尿アルブミンまたは尿蛋白
- 糖尿病の主要合併症
- 主要な治療薬
- 心血管・腎イベント
さらに、データを国へ提出するだけでなく、各医療機関へ次の情報を還元すべきです。
- 自院の管理状況
- 全国平均や同規模施設との比較
- 前年度からの改善率・悪化率
- 検査値の改善幅・悪化幅
- 年齢・リスク区分別の目標達成状況
- 検査や治療が不足している集団
診療現場からデータを集め、データから得られた知識を、再び診療現場へ返す。この双方向の循環がなければ、LHSにはなりません。
■「充実管理加算」ではなく「欠乏加算」
充実管理加算という名称は、生活習慣病管理をより充実させる制度であるかのような印象を与えます。
しかし、血圧、HbA1c、LDLコレステロール、体重、喫煙状況、糖尿病合併症という、管理成果の評価に不可欠な情報が欠落し、残るのが受診や検査の実施状況だけであるなら、これは、「充実管理加算」ではなく、「欠乏加算」と呼ぶべき制度ではないでしょうか。欠乏しているのは、入力項目だけではありません。日常診療から学び、得られた知見を次の診療へ生かすという国家的な構想が欠けています。
旧・外来データ提出加算にも、入力負担や医療機関へのフィードバック不足という問題がありました。しかし、必要だったのは制度を廃することではなく、自動化・標準化によって発展させることでした。入力負担の軽減は必要です。しかし、そのために、日本の医療が診療から学ぶためのデータまで捨ててよいはずはありません。
充実管理加算への移行は、単なる名称変更や事務手続きの簡素化ではなく、日本に学習型医療システムを構築する貴重な機会を後退させる「改悪」であると、強く警鐘を鳴らす必要があります。
■参考文献・資料
[1] 厚生労働省.令和8年度における外来データ提出加算等の取扱いについて(令和8年4月30日付事務連絡、5月12日訂正).2026年.
[2] 厚生労働省.令和8年度診療報酬改定の概要:外来医療の機能分化・強化等.2026年.
[3] National Academy of Medicine. Learning Health System Series.
[4] Agency for Healthcare Research and Quality. About Learning Health Systems.
[5] 厚生労働省.令和7年度第4回入院・外来医療等の調査・評価分科会資料「データ提出加算の更なる活用について」.2025年.
[6] Peiris D, et al. The Treatment of Cardiovascular Risk in Primary Care Using Electronic Decision Support(TORPEDO)study. BMJ Open. 2012;2:e002177.
[7] Peiris D, et al. Effect of a computer-guided quality improvement program for cardiovascular disease risk management in primary health care. Circ Cardiovasc Qual Outcomes. 2015;8:87-95.
[8] You SC, et al. Establishment of an international evidence sharing network through common data model for cardiovascular research. Korean Circ J. 2023;53:1-19.
[9] Hur S, et al. An automated FHIR-based 12-lead electrocardiogram mobile alert system for suspected acute coronary syndrome. Yonsei Med J. 2020;61:416-422.
[10] Blood AJ, et al. Results of a remotely delivered hypertension and lipid program in more than 10,000 patients across a diverse health care network. JAMA Cardiol. 2023;8:12-21.
(文責:医療法人寿里会すぎもと内科・糖尿病内科クリニック杉本一博)