「飲む」より「噛む」ことの大切さ~代謝・満腹感から認知機能まで「食べる」を考える ~
| 「野菜ジュースを飲んでいるから、野菜は少なめでも大丈夫?」 野菜ジュースや青汁は、忙しいときの補助として便利です。しかし野菜ジュースを「飲む」ことと、野菜や果物を口に入れて「噛んで食べる」ことは、体にとって同じ経験ではありません。食事に対する体の反応は、栄養素が胃に届く前の「見る・香る・味わう・噛む」という段階から、すでに始まっています。 |
1.食事は胃ではなく「口」から始まる
食べ物を見たり、香りを感じたり、口に入れて味わったりすると、栄養素が吸収される前から、体は食事に備えた反応を始めます。その代表が頭相性インスリン分泌(cephalic phase insulin response:CPIR)です。人を対象にした系統的レビュー・メタ解析では、食物に関する感覚刺激の直後に起こる早期インスリン分泌の存在が支持されています[1]。一方、反応の大きさには個人差があり、刺激の種類や研究方法によっても結果が異なるため、「噛めば必ずインスリンが増えて血糖値が下がる」と単純化することはできません[2]。
より身近な例としては、美味しそうな食べ物を見たり、臭いを嗅いだりしただけでお腹がグーと鳴る経験をされた方も多いと思います。重要なのは、私たちの体が「食べる」という行為を飲み込む前から認識し、その後に入ってくる栄養に備えていることです。同じ栄養成分でも、固形の食品として時間をかけて噛んで食べることと、液体として短時間で飲むことでは、口腔内の刺激や食べる速度、その後の消化・代謝の過程が異なります。
2.「噛む」ことは満腹感と代謝にも関係する
咀嚼は、食べ物を細かくするだけの作業ではありません。咀嚼を増やす研究をまとめた系統的レビューでは、よく噛むことが空腹感を抑え、食事量を少なくする可能性が示されています。ただし研究間のばらつきは大きく、効果の大きさは一様ではありません[3]。また、若年〜中年成人を対象とした実験では、1口あたりの咀嚼回数を普段の150%、200%へ増やすと、食事量がそれぞれ約9.5%、14.8%減少しました[4]。
日本の無作為化比較試験では、健康な若年男性19人が、同じキャベツを「千切りのまま噛んで食べる場合」と「ピューレ状にして噛まずに摂る場合」を比較しました。食後血糖値には明らかな差がありませんでしたが、噛んだ場合にはインスリンとGIPの反応が大きく、GLP-1濃度も食後45〜90分で高くなりました[5]。さらに、健康な男性11人を対象にしたクロスオーバー試験では、液体の試験飲料をそのまま飲むより、口の中で味わい、さらに咀嚼した条件で、食事誘発性熱産生(DIT:消化・吸収・代謝のために食後に増えるエネルギー消費)が大きくなりました[6]。

| <ポイント> 「噛めば血糖値が必ず下がる」という話ではありません。咀嚼そのものが、満腹感、食事速度、インクレチン分泌、食後のエネルギー消費などを含む「食事の一部」だと考えることが大切です。 |
3.野菜ジュースや青汁は「野菜そのもの」の代わりになる?
野菜ジュースや青汁には、製品によってビタミン、ミネラル、食物繊維などが含まれています。したがって、「飲んでも意味がない」ということではありません。しかし、野菜そのものを食べることと同じではありません。製品によっては野菜そのものより食物繊維が少なく、液体では短時間に摂取できるため、咀嚼・食感・食事時間といった「食べる過程」が大きく省略されます。
青汁も、原料や製造法によって食物繊維量や糖質量が大きく異なります。野菜を十分に食べられなかった日の補助として利用することはできますが、「野菜ジュースや青汁を飲んでいるから、その分、野菜を減らしても大丈夫」と考えるのは勧められません。基本は、野菜をできる範囲で食品の形のまま、噛んで食べることです。
4.100%果汁も「果物そのもの」ではない
果物には糖質だけでなく、食物繊維、ビタミン、ミネラル、ポリフェノールなどが、食品としての構造(food matrix)の中に存在しています。米国の大規模コホート研究では、ブルーベリー、ブドウ、リンゴなどの丸ごとの果物を多く摂ることは2型糖尿病発症リスクの低下と関連した一方、果汁の摂取量が多いことは2型糖尿病リスクの上昇と関連しました[7]。観察研究なので因果関係を証明するものではありませんが、「丸ごとの果物」と「果汁」を同じ食品として扱えないことを示す結果です。
尿酸については、加糖飲料と100%果汁を区別して考える必要があります。果糖を含む食品を比較したメタ解析では、加糖飲料(sugar-sweetened beverages)は尿酸値を上げましたが、100%果汁で尿酸値が上昇するという結果は得られていません[8]。したがって、「100%果汁は尿酸を上げる」と一括して説明するのは適切ではありません。一方、100%果汁は丸ごとの果物より短時間に多量を摂りやすく、咀嚼を必要としません。果物の代わりとして量を気にせず飲むことは勧められません。
5.「噛むこと」は脳にも関係している
咀嚼すると、歯、歯根膜、顎の筋肉などから多くの感覚情報が脳へ送られます。2023年の系統的レビュー・メタ解析では20研究が検討され、高齢者では、咀嚼能力の低下、噛みにくさ、歯数の減少などと認知機能低下との関連が示されました。ただし、含まれた研究の多くは観察研究で、因果関係を証明するエビデンスではありません[9]。
では、「噛めないこと」は認知症そのものを増やすのでしょうか。Dinticaらは、認知機能が保たれていた50歳以上544人を最大22年間追跡し、奥歯で噛み合う部位(咬合支持)をEichner分類で評価しました。65歳以降、奥歯の咬合支持が4部位すべて保たれているA群に比べ、咬合支持が一部しか残っていないB群と、咬合支持がないC群では、「空間・流動性能力」の低下がより速くみられました[10]。一方、追跡中に52人が認知症を発症しましたが、B・C群で認知症発症リスクが有意に高くなることは確認されませんでした。B・C群では死亡した人の割合が高く、著者らは、認知症を発症する前に死亡した人が多かったため、認知症との関連が過小評価された可能性も考察しています[10]。

| <この研究でみられたこと> 65歳以降、奥歯の咬合支持が4部位すべて保たれているA群に比べ、咬合支持が一部しか残っていないB群と、咬合支持がないC群では、「空間・流動性能力」の低下がより速くみられました。 | <この研究で確認されなかったこと> B群・C群で、認知症そのものがA群より明らかに多く発症したとはいえませんでした。一方、B・C群では死亡した人の割合が高く、著者らは、認知症を発症する前に死亡した人が多かったため、認知症との関連が過小評価された可能性も指摘しています。 |
| 対象:認知機能が保たれていた50歳以上544人 | 最大22年間追跡 | 認知症52例 咬合支持:A=4部位すべて B=1〜3部位 C=なし | |
図1 咀嚼機能と認知機能を調べた長期追跡研究の要点 [10]
図では4つの認知領域の推定スコアを示していますが、65歳以降に「低下速度がA群より有意に速い」と確認されたのは「空間・流動性能力」です。認知症発症そのものについては、B・C群で有意なリスク上昇は確認されませんでした。
出典:Dintica CS, et al. Aging (Albany NY). 2020;12(9):8536-8548.
6.「よく噛む」を1か月続けると、記憶機能は変わる?
2025年には、より直接的な無作為化比較試験が報告されました。65歳以上の50人を25人ずつに無作為化し、介入群ではウェアラブル機器を使って、日常の食事で意識的に咀嚼回数を増やすよう1か月間取り組みました。対照群は通常の咀嚼習慣を続けました[11]。
その結果、介入群では咀嚼頻度が増え、1か月後には記憶課題の成績が対照群より改善しました[11]。さらに、記憶課題中の左背外側前頭前野(DLPFC:注意や作業記憶に関わる脳領域)の反応が小さくなり、著者らは、同じ課題をより効率よく処理できるようになった可能性を考察しています。また、咀嚼頻度が高い人ほど、「注意を切り替える力」をみる認知機能テストの成績が良好でした[11]。
「よく噛むことを意識する」という比較的簡単な行動変容で、わずか1か月後に記憶機能の改善がみられた点は興味深い結果です。ただし、対象は50人、期間は1か月と小規模・短期間です。この研究だけで「よく噛めば認知症を予防できる」と結論づけることはできません。
| ① 参加者 65歳以上 50人 介入25人/対照25人 | ② 1か月の介入 日常の食事で 「よく噛む」を意識 | ③ 咀嚼行動 咀嚼頻度が増加 | ④ 記憶機能 1か月後に改善 対照群と異なる変化 |
| 前頭前野の反応にも変化 左DLPFCの反応が小さくなりました | よく噛んでいた人ほど 「注意を切り替える力」をみる テストの成績が良好 | ||
図2 1か月間の咀嚼行動介入試験の概要[11]
※記憶機能と前頭前野の反応に短期的な変化がみられた研究ですが、認知症の発症予防を証明したものではありません。出典:Sta. Maria MT, et al. JDR Clin Trans Res. 2025 Nov 26:23800844251388317. doi:10.1177/23800844251388317.
7.「1口30回」より大切な、「しっかり噛める食事」
ここで大切なのは、「何回噛めば健康になるのか」という数字だけを追いかけないことです。食品の硬さや大きさ、歯や義歯の状態によって必要な咀嚼回数は変わります。また、咀嚼機能が低下した人では、同じ食品を細かくするために、かえって多く噛む必要がある場合もあります。したがって、「1口30回なら認知症を防げる」というような単純な基準にはできません。
むしろ大切なのは、「噛む回数」そのものより、しっかり噛める口腔機能を保つことです。歯や義歯を適切に管理し、野菜、果物、豆類、魚、肉、全粒穀物、木の実などを、可能な範囲で「食品の形を残したまま」「急がず」「味わって噛む」ことを日々の基本にしましょう。噛みにくさ、むせ、歯の痛みなどがある場合には、無理に硬い食品を食べるのではなく、歯科や医療機関で原因を確認することが重要です。
まとめ:食事は「飲み込む」ところからではなく「噛む」ところから始まる
| 野菜はできれば野菜として、果物はできれば果物として。 ● 野菜ジュース・青汁・100%果汁は「完全な代用品」ではなく、必要に応じた補助と考える。 ● 「1口○回」にこだわるより、急がず、味わい、食品を噛んで食べる。 ● 噛みにくさがあるときは、歯や義歯、口腔機能を整えることも健康管理の一部と考える。 食事は、栄養素を体内へ入れるだけの作業ではありません。 「見る・香る・味わう・噛む・飲み込む」という一連の過程のなかで、満腹感、ホルモン分泌、エネルギー代謝、そして脳への刺激が起こります。「何を食べるか」と同じくらい、「どう食べるか」も大切です。 |
参考文献
[1] Wiedemann SJ, et al. Evidence for cephalic phase insulin release in humans: a systematic review and meta-analysis. Appetite. 2020;152:104792.
[2] Pullicin AJ, et al. Cephalic phase insulin release: A review of its mechanistic basis and variability in humans. Physiol Behav. 2021;239:113514.
[3] Miquel-Kergoat S, et al. Effects of chewing on appetite, food intake and gut hormones: A systematic review and meta-analysis. Physiol Behav. 2015;151:88-96.
[4] Zhu Y, Hollis JH. Increasing the number of chews before swallowing reduces meal size in normal-weight, overweight, and obese adults. J Acad Nutr Diet. 2014;114(6):926-931.
[5] Kamemoto K, et al. Effect of vegetable consumption with chewing on postprandial glucose metabolism in healthy young men: a randomised controlled study. Sci Rep. 2024;14:7557.
[6] Hamada Y, Hayashi N. Chewing increases postprandial diet-induced thermogenesis. Sci Rep. 2021;11(1):23714.
[7] Muraki I, et al. Fruit consumption and risk of type 2 diabetes: results from three prospective longitudinal cohort studies. BMJ. 2013;347:f5001.
[8] Ayoub-Charette S, et al. Different Food Sources of Fructose-Containing Sugars and Fasting Blood Uric Acid Levels: A Systematic Review and Meta-Analysis of Controlled Feeding Trials. J Nutr. 2021;151(8):2409-2421.
[9] Sta. Maria MT, et al. The relationships between mastication and cognitive function: A systematic review and meta-analysis. Jpn Dent Sci Rev. 2023;59:375-388.
[10] Dintica CS, et al. The relation of poor mastication with cognition and dementia risk: a population-based longitudinal study. Aging (Albany NY). 2020;12(9):8536-8548.
[11] Sta. Maria MT, et al. Impact of Chewing Behavior Change on Cognition and Cerebral Hemodynamics. JDR Clin Trans Res. 2025 Nov 26:23800844251388317. doi:10.1177/23800844251388317. (文責:医療法人寿里会すぎもと内科・糖尿病内科クリニック 杉本 一博)