福島県内の心血管疾患・腎不全死亡と発症の地域差マップから考える「生活環境病」と医療体制格差
糖尿病、肥満症、高血圧、脂質異常症、慢性腎臓病、心血管疾患などは、一般に「生活習慣病」と呼ばれています。
しかし、この言葉だけが強調されると、「食べ方が悪いから」「運動しないから」「自己管理が不十分だから」といった本人責任論に終始しやすくなります。
実際には、生活習慣病は本人の意思だけで決まるものではありません。
職場環境、働き方、収入、家族構成、食環境、通院手段、地域の医療資源、健診後のフォロー体制、専門医療へのアクセスなど、多くの社会的・地域的要因に左右されます。
その意味で、生活習慣病には「生活環境病」ともいえる側面があります。
さらに、福島県内の死亡・発症の地域差マップを重ねてみると、地域差は生活環境だけでなく、医療提供体制や医療の質にも関係している可能性が見えてきます。
■ 福島県内でも心血管疾患・腎不全による死亡には地域差がある
国立保健医療科学院が公表している地図では、福島県内の市町村ごとに、心疾患、急性心筋梗塞、脳血管疾患、腎不全などによる死亡の多さが色分けされています。 [1]
この地図は、単純な死亡数を比べたものではありません。
高齢者が多い地域では死亡数が多くなりやすいため、地域ごとの年齢構成の違いを考慮して、死亡が多い地域・少ない地域を比較しています。
地図では、赤色が濃い地域ほど、年齢構成を考慮しても死亡が多い傾向を示します。
福島県内では、心疾患、急性心筋梗塞、脳血管疾患、脳梗塞、腎不全などで、死亡の多さに地域差がみられます。



ここで重要なのは、この地図が「病気になりやすさ」だけを示しているわけではないという点です。
死亡の地域差には、発症しやすさ、重症化しやすさ、救急搬送、急性期治療への到達、退院後の二次予防、慢性疾患管理、死亡診断名の違いなど、複数の要因が重なっています。
● 肥満・喫煙・血圧高値だけでは説明できない地域差
福島県版健康データベース(FDB)では、特定健診データをもとに、地域ごとの肥満、血圧高値、喫煙などの多さが比較されています。
このデータでは、福島県全体を基準として、各地域でその項目に該当する人が多いか少ないかを確認できます。 [2]



今回、福島県内の7地域について、肥満、血圧高値、喫煙の多さと、心疾患・急性心筋梗塞・腎不全による死亡の多さを比べました。
その結果、「生活習慣のリスクが高い地域ほど、心疾患・急性心筋梗塞・腎不全による死亡も多い」といった単純な関係は、はっきりとは見られませんでした。もちろん、肥満、血圧、喫煙が健康に重要であることは変わりません。しかし、地域ごとの死亡の差を考えるには、それだけでは不十分です。
救急医療につながるまでの時間、慢性疾患を早く見つけて継続的に管理する体制、腎臓病や心血管病を見逃さない仕組み、そして地域の暮らしやすさなども、あわせて見ていく必要があります。
「生活習慣病」は、個人の努力だけで決まる病気ではありません。地域の医療と暮らしの環境によっても左右される、まさに「生活環境病」として考える視点が必要です。
男性:肥満・血圧・喫煙と心疾患・急性心筋梗塞・腎不全死亡の散布図

女性:肥満・血圧・喫煙と心疾患・急性心筋梗塞・腎不全死亡の散布図

注1:標準化死亡比は、年齢構成の違いをならして、地域ごとの死亡の多さを比べるための指標です。
注2:スピアマンの順位相関係数は、2つの指標が同じ方向に増えたり減ったりするかをみる指標です。1に近いほど同じ方向、−1に近いほど逆方向、0に近いほどはっきりした関係がないことを示します。
注3:図中の各点は、福島県内の7地域を表します。横軸は肥満・血圧高値・喫煙に該当する人の多さ、縦軸は2018–2022年の年齢差をならした死亡の多さを示しています。
注4:地域数が少ないため、この結果は傾向を見るための参考として解釈してください。
注5:死亡の指標は、心疾患死亡、急性心筋梗塞死亡、腎不全死亡です。
◆ 発症の多さと死亡の多さが一致しない地域に注目する
福島県循環器疾患発症登録事業の2024年急性心筋梗塞分析報告書では、急性心筋梗塞の発症の多さが6つの医療圏別に示されています。 [3]

2024年の急性心筋梗塞について、年齢差をならして県全体を100とした「発症の多さ」は、県北110.64、県中96.45、県南103.19、会津・南会津91.60、相双83.60、いわき105.02でした。報告書では、県全体と比べて統計学的に明らかに多い、または少ない地域はなかったとされています。
※ここでいう「発症の多さ」は、年齢構成の違いを考慮して、県全体と比べて急性心筋梗塞が多いか少ないかをみる指標です。
このデータを死亡の地図と重ねると、重要な視点が見えてきます。
相双地域では、急性心筋梗塞の発症は県内で低めに見えます。
一方で、急性心筋梗塞による死亡の地図では、浜通りの一部、特に男性で死亡が多い地域がみられます。
このように、「発症は多くないのに死亡が多い」可能性がある地域では、発症リスクだけでなく、発症後の医療体制を検証する必要があります。
具体的には、救急搬送、緊急カテーテル治療ができる病院への到達、詰まった心臓の血管を早く開く治療、退院後の再発予防、心不全管理などです。
一方、県北地域では、急性心筋梗塞の発症が6医療圏の中で高めに見えます。
しかし、心疾患死亡の地図では、相双やいわきほど死亡が多い地域としては目立ちません。
これは、福島県立医科大学附属病院をはじめとする急性期医療体制により、発症後死亡が一定程度抑えられている可能性を示唆します。
ただし、救命できていることと、発症そのものを防げていることは別の問題です。
県北では、急性期医療は一定程度機能している一方で、急性心筋梗塞を発症する前の予防医療については、さらに検証する必要があります。
◇ 死亡が少なく見える地域からも学ぶ
一方で、南会津地域では、心疾患や腎不全などによる死亡が比較的少なく見える市町村もあります。この理由について、現時点で「これが直接の要因である」と断定できる公式な分析は見当たりません。
ただし、南会津地域の一部をみる手がかりとして、南会津町の健康増進事業指針には、良好な指標と課題の両方が示されています。 [4]
| 良好に見える指標 | 注意すべき課題 |
| ・お達者度(65歳の日常生活動作が自立している期間)が男女とも国・県平均を上回る ・朝食を抜く人が少ない ・BMI異常値者の割合が改善傾向 ・睡眠不足を感じる人が少ない ・何でもそしゃくできる人が多い | ・推定食塩摂取量の平均が9.44gと高い ・運動習慣なし、歩行速度が遅い人が多い ・飲酒頻度・飲酒量が高め ・喫煙率が国・県より高い傾向 |
| <読み取り方> 死亡が少なく見える背景に生活環境が良好に作用している可能性はありますが、生活習慣が全体として優れているとまでは言えません。 | <必要な検証> 死亡診断名、県外受療、小人口地域の統計上の揺れ、健診後フォロー、医療連携を合わせて確認する必要があります。 |
考えられる要因としては、次のような点があります。
① 小人口地域に特有の統計上の揺れ
南会津地域は人口規模が小さいため、死亡数のわずかな増減によって、地図上の見え方が変わりやすい可能性があります。
② 死因として「老衰」が多いことの影響
死因として「老衰」が多く記載される地域では、心不全や腎不全などの疾患別死亡として集計されにくい可能性があります。ただし、この点は死亡診断名の記載傾向も含めて、死亡小票レベルで慎重に検証する必要があります。
③ 県外医療機関への通院・搬送の可能性
南会津地域は栃木県にも接しており、地域によっては県外の医療機関に通院・搬送されている可能性があります。居住地、発症地、受療先、死亡場所が一致しない場合、県内データだけでは医療の流れを十分に捉えきれない可能性があります。
④ 生活環境が良好に作用している可能性
身体活動を伴う生活、地域コミュニティのつながり、生活リズム、朝食欠食の少なさ、睡眠不足の少なさなどが、心腎疾患の発症や重症化を抑える方向に働いている可能性があります。一方で、食塩、飲酒、喫煙、運動習慣には課題もあるため、「生活習慣が全体として良いから」と単純に説明することはできません。
重要なのは、死亡が多い地域だけでなく、死亡が少なく見える地域についても、その理由を丁寧に検証することです。死亡が少なく見える地域に共通する生活環境、健診後フォロー、受療行動、医療連携を明らかにできれば、福島県全体の死亡を減らすための重要な手がかりになります。
※これらの取り組みは、一次データを分析できる行政や、地域の診療実態を知る医師会が主体的に進める必要があります。
■ 医師数だけでは医療の質は測れない

福島県の令和6年データでは、人口10万人あたりの医療施設に従事する医師数は、県全体で238.8人です。二次医療圏別では、県北345.4、県中222.2、県南173.2、会津・南会津206.1、相双178.5、いわき187.8と示されています。 [5]
この数字を見ると、県北では医師数が多く、県南・相双・いわきでは相対的に少ない傾向があります。
しかし、人口あたりの医師数だけで、地域医療の質は評価できません。
ここで見落としてはいけないのが、郡山市を含む県中地域です。県中地域の人口10万人あたり医師数は222.2人で、県北に次いで高い水準です。つまり、県内では医師数が決して少ない地域とはいえません。
それにもかかわらず、腎不全死亡の地図では、郡山市周辺を含む中通りの一部に死亡が多い地域がみられます。このことは、腎不全死亡の地域差が単純な医師数不足だけでは説明できない可能性を示しています。
腎不全死亡を減らすには、糖尿病、高血圧、慢性腎臓病を早期に見つけるだけでなく、腎機能が大きく低下してから透析導入に至るまでを地域全体で支える仕組みが必要です。尿アルブミン検査、腎臓を守る薬剤の使用、腎臓専門医との連携、透析導入前の説明と準備、緊急透析を避けるための計画的管理までを含めて検証すべきです。
重要なのは、単に医師が何人いるかではありません。地域による死亡の差を考えるには、病気の種類に応じて、どの段階で支援や医療につながっているかを見る必要があります。
<急性心筋梗塞で重要な点>
・胸痛などの症状が出てから救急車を呼ぶまでの時間
・救急車で病院に到着するまでの時間
・心筋梗塞に対する緊急カテーテル治療ができる病院へ早く到着できるか
・詰まった心臓の血管を早く開く治療が適切に行われているか
・退院後に再発を防ぐ治療が続けられているか
・心不全による再入院を防ぐ支援があるか
<腎不全死亡で重要な点>
・腎機能が大きく低下した段階で、腎臓専門医につながっているか
・透析が必要になる前から、十分な説明と準備が行われているか
・緊急透析ではなく、計画的に透析を開始できているか
・血液透析のためのシャント作成など、透析開始前の準備ができているか
・透析導入前後の心不全、貧血、栄養状態、感染症、血圧、糖尿病の管理が適切に行われているか
・透析開始後も、かかりつけ医、腎臓専門医、透析施設が連携できているか
・通院・送迎・生活支援など、透析を続けやすい地域環境があるか
つまり、地域差を見るときには、医師数だけでなく、病気ごとの医療の流れを見る必要があります。急性心筋梗塞では救急医療につながる速さ、腎不全では末期腎不全から透析導入前後までの管理、さらに専門医とかかりつけ医の連携、通院を続けやすい地域環境まで含めて考える必要があります。
● 脂質・糖代謝異常は「どのように下げたか」も重要
脂質異常症や糖代謝異常では、検査値が下がっているかどうかだけでは十分ではありません。
心血管疾患や腎不全の予後を考えると、どの薬剤で、どの程度、継続的にリスクを下げているかが重要です。
LDLコレステロールについては、単に数値が少し下がったかではなく、スタチンを中心とした、心血管疾患を防ぐ効果が確認されている治療が適切に使われているかが重要です。
糖尿病のある人では、HbA1cの数値だけでなく、心臓や腎臓を守る効果が期待できるSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬が適切に選択されているかも問われます。 [7]
したがって、地域の医療の質を評価するには、次のような指標が必要です。
- 心血管疾患リスクが高い人へのスタチン処方率
- LDLコレステロール、Non-HDLコレステロールの管理達成率 [7]
- 糖尿病があり、心血管疾患・腎疾患リスクが高い人へのSGLT2阻害薬・GLP-1受容体作動薬の処方率
- 慢性腎臓病を合併する人へのSGLT2阻害薬使用率
- 尿アルブミン・尿蛋白検査の実施率
- eGFR低下例の継続フォロー率
- 腎臓専門医への紹介率
- 心筋梗塞・脳卒中後の二次予防薬継続率
- 心臓リハビリテーション導入率
- 透析導入前の計画的管理率
特に腎不全死亡が高い地域では、糖尿病・高血圧・慢性腎臓病の早期発見だけでなく、尿アルブミン検査、腎臓を守る薬剤の使用、腎臓専門医との連携、透析導入前の計画的管理が適切に行われているかを検証すべきです。
◆ 地域差を「本人の努力不足」で片づけてはいけない
福島県では、「肥満、食塩、喫煙」が重要な健康課題として取り上げられています。
これらが重要であることは間違いありません。
しかし、死亡・発症の地域差マップを重ねて見ると、地域差はそれだけでは説明できません。
肥満・血圧高値・喫煙が多くない地域でも、心血管疾患死亡が多いことがあります。
医師数が県内で比較的多い地域でも、腎不全死亡が多いことがあります。たとえば、郡山市を含む県中地域は、県内では人口あたり医師数が比較的多いにもかかわらず、腎不全死亡が高い市町村がみられます。
急性心筋梗塞の発症が低めでも、心疾患死亡が多い地域があります。
これは、生活習慣病を「本人の努力」だけで説明することの限界を示しています。
生活習慣病は、食事や運動だけの問題ではありません。
生活環境、地域環境、医療アクセス、救急体制、医療機関での疾患管理、薬剤選択、健診後フォロー、専門医療の質の差が重なり、最終的な健康結果や死亡率を大きく左右します。
その意味で、本人の努力だけでなく、各地域の健康行政と医師会が果たす役割は大きいといえます。
■ 生活習慣病から、生活環境病へ
生活習慣病は、本人の努力だけでなく、働き方、食環境、家庭環境、地域環境、医療アクセスにも影響されます。
本人を責める医療から、続けられる環境を整える医療へ。
そして、地域の死亡率格差を減らすためには、健康教育だけでなく、予防医療の質、薬剤選択の質、健診後フォローの質、救急・急性期医療の質、退院後管理の質を見直す必要があります。
福島県内の死亡・発症の地域差マップは、単なる統計資料ではありません。
それは、地域ごとに何が足りないのかを見つけるための「医療と社会の鏡」です。
地域の健康格差を縮小するには、生活習慣病を「自己責任の病気」としてではなく、生活環境病であり、地域医療システムの質を映す側面もある病気として捉え直す必要があります。
県内の死亡を減らすためには、行政の取り組みだけでなく、医師会を中心とした地域の医療提供体制を整えることも非常に重要です。
★ 当クリニックが目指すこと
当クリニックの目標は、生活環境病の改善支援を通じて、日和田周辺地域の心血管疾患・腎不全などによる死亡を減らし、その水準を市内で最も低く、県内、東北、ひいては日本でも最も低い水準へ近づけることです。
そのために、血糖値、血圧、コレステロール値を確認するだけでなく、将来の心血管疾患や腎不全を減らす治療が選択されているか、必要な検査や薬剤が必要な人に届いているか、通院・栄養・運動・睡眠・服薬を続けられる生活環境が整っているかを、受診者と一緒に確認していきます。
一人ひとりの生活を責めるのではなく、続けられる医療と生活環境を整えること。これが、地域の健康格差を減らし、死亡を減らすための当クリニックの挑戦です。
「日和田を日本一健康長寿の里へ」
※ 注記
本文で紹介した死亡の地域差マップは、専門的には「市区町村別の標準化死亡比を統計的に補正した指標」に基づくものです。標準化死亡比とは、年齢構成の違いをならして死亡の多さを比べる指標です。人口の少ない町村では少数の死亡数で値が大きく変動しやすいため、その影響をならして比較しやすくしたものです。
■参考文献・出典
[1] 国立保健医療科学院「地方自治体における生活習慣病関連のデータ:死因別標準化死亡比(SMR)」
[2] 福島県立医科大学健康増進センター「福島県版健康データベース(FDB)報告書2025 補遺2(健診等の状況・地域別)」
[3] 福島県「2024年福島県循環器疾患発症登録事業 急性心筋梗塞分析報告書」
[4] 南会津町「南会津町健康増進事業に係る指針(2024-2029)」
(文責:医療法人寿里会すぎもと内科・糖尿病内科クリニック杉本一博)