「プラネタリー・ヘルス・ダイエット」改訂から考える日本の食環境:合い言葉は、食のJustice(公正)!~ 個人の責任だけにはできない「食の選択」~

「健康のために、もっと野菜や果物を食べましょう。肉や加工食品は控えましょう。」――栄養支援の場面ではよく聞く言葉です。しかし、私たちは本当に、健康的な食品を同じように「選べる」環境に暮らしているのでしょうか。値段、売り場、広告、外食メニュー、時間、所得、学校給食、地域の食品供給まで含めて考えると、食事は個人の意思だけで決まっているわけではありません。
2025年に改訂されたプラネタリー・ヘルス・ダイエット(Planetary Health Diet:PHD)は、この問いを「健康」だけでなく「地球環境」と「公正(Justice)」の問題として捉え直しました。[1] 日本の最新データを重ねると、推奨される食品が不足する一方、控えたい食品が過剰に供給・消費されるという、食環境の構造的なミスマッチが見えてきます。
■まず知っておきたい:EAT-Lancet Commission(EATランセット委員会)とは?
プラネタリー・ヘルス・ダイエット(PHD)は、特定の国の学会が作った食事法ではありません。EATランセット委員会は、食料システムと地球環境の持続可能性に取り組むEATと医学誌『The Lancet』が、栄養学・医学だけでなく、農業、環境、気候、社会科学など多分野の専門家を集めて設けた国際的な委員会です。ここでいう「食料システム」とは、食品の生産・加工・流通・販売・消費・廃棄までを含む一連の仕組みを指します。目的は、「人の健康を守りながら、地球環境の限界を超えない食料システムはどうあるべきか」を科学的に検討することです。2019年の最初の報告でPHDを提唱し、2025年の改訂では、健康(Health)と地球環境(Planet)に加え、健康的な食事へ誰もがアクセスできる公正(Justice)をより明確な柱として位置づけました。[1][2]
この委員会が示した「人の健康と地球の健康を一緒に考える」という発想が、PHDの出発点です。では、2025年の改訂で何が変わったのでしょうか。
1.2025年PHDの大きな変化は「Health+Planet+Justice」
2019年のEATランセット委員会は、人の健康と地球環境を同時に守る食事モデルとしてPHDを提唱しました。2025年版はこれを大幅に更新し、焦点を「healthy diets from sustainable food systems(持続可能な食料システムから生まれる健康的な食事)」から、「healthy, sustainable, and just food systems(健康的で、持続可能で、公正な食料システム)」へ広げました。[1][3]
2025年版の参照食は、成人集団の平均として約2400 kcal/日を想定し、野菜300 g、果物200 g、全粒穀物210 g、豆類75 g、ナッツ50 gなどの植物性食品を中心に、牛・豚・羊肉は15 g/日(0~30 g)、乳製品250 g/日(0~500 g)など、食品群ごとに幅を持たせています。[3] ただし、2400 kcalはすべての日本人にそのまま勧める摂取エネルギーではありません。必要エネルギー量は年齢、性別、体格、身体活動量などで異なるため、PHDは食品構成の「参照モデル」として理解するのが適切です。
また、果物200 g/日も個人への一律の「処方量」ではなく、参照値です。実際の摂取量は、必要エネルギー量、血糖や中性脂肪などの代謝状態、ほかの炭水化物源とのバランスを踏まえて個別に調整します。特に「バナナなら2本」のような単純な換算を、すべての人の毎日の推奨量として受け取らないことが大切です。
| 食品群 | 2025年PHDの基準量 | 許容範囲 |
| 野菜 | 300 g/日 | 200–600 g |
| 果物 | 200 g/日 | 100–300 g |
| 全粒穀物 | 210 g/日 | エネルギーの20–50% |
| 豆類 | 75 g/日 | 0–150 g |
| ナッツ・ピーナッツ | 50 g/日 | 0–75 g |
| いも・根菜類 | 50 g/日 | 0–100 g |
| 乳製品 | 250 g/日 | 0–500 g |
| 魚介類 | 30 g/日 | 0–100 g |
| 鶏肉など | 30 g/日 | 0–60 g |
| 牛・豚・羊肉 | 15 g/日 | 0–30 g |
| 卵 | 15 g/日 | 0–25 g |
| 不飽和植物油 | 40 g/日 | 20–80 g |
| 添加糖・遊離糖 | 30 g/日 | 0–30 g |
| ナトリウム | 2000 mg/日未満 | ― |

| <2025年PHDで特に強まった3つの視点> ● 植物性食品を中心にしつつ、地域の食文化・食品の入手可能性・栄養ニーズに合わせて柔軟に応用する。 ● 地球環境の限界だけでなく、健康的な食事へのアクセス、健康な環境、尊厳ある労働など「Justice(公正)」を中心課題に置く。 ● 個人の食事だけでなく、生産・流通・価格・労働・政策まで含む「食料システム」全体を変える。 |
Commissionの分析では、37億人が必要な社会的基盤を下回る国に暮らし、社会的基盤を満たしながら地球環境の限界内にも収まる「safe and just space(環境的に安全で、社会的にも公正な領域)」に暮らす人は、世界人口の約1%にすぎません。さらに、PHDに沿う食事への移行によって、年間約1500万人の早期死亡を回避できる可能性があると推計されています。[4] これは臨床試験の実測値ではなく、疫学データなどを用いたモデル推計である点には注意が必要です。
2.地中海食も「伝統を守りながら」同じ方向へ進化した
PHDは、世界中に同じ献立を当てはめるものではありません。むしろ、各地域の健康的な伝統食を、現在の科学と持続可能性の視点から再構成するための枠組みです。その象徴的な例が、イタリア人間栄養学会(SINU)が2025年2月21日にオンライン公開した新版の地中海食ピラミッドです。[5]
この改訂は2025年EATランセット委員会報告より先に公表されているため、「2025年版PHDを受けて改訂された」とするのは正確ではありません。しかし、改訂の背景としてSINUは、慢性疾患に関する新しいエビデンスに加え、2019年EATランセット委員会と、国連食糧農業機関(FAO)・世界保健機関(WHO)が提唱した「Sustainable Healthy Diets(持続可能で健康的な食事)」を明示しています。[2][5]
新版では野菜・果物・全粒穀物・豆類・ナッツ・エクストラバージンオリーブオイルをさらに重視し、赤身肉・加工肉は「週に食べる食品」からピラミッド頂点の「ときどき食べる食品」へ移動しました。塩・添加糖・アルコールは「少ないほどよい」とされ、食品ロス削減、生物多様性、共食、身体活動、適正体重なども食事モデルの一部として示されています。[5]

図1.2025年SINU地中海食ピラミッド(原図をもとに再構成)。健康だけでなく、持続可能性、食品ロス、共食、身体活動などを一体として示している。 [5]
3.「食事パターン」は本当に心血管イベントを減らすのか
地中海食のエビデンス上の特徴は、観察研究だけでなく大規模介入研究があることです。PREDIMED試験の2018年再解析報告では、心血管リスクの高い7447人を中央値4.8年間追跡し、主要心血管イベント(心筋梗塞・脳卒中・心血管死の複合)について、対照食と比べて地中海食+エクストラバージンオリーブオイル群でハザード比0.69、地中海食+ナッツ群で0.72でした。[6] 個々のアウトカムでは特に脳卒中の低下が明瞭で、すべての疾患や死亡が同じ割合で減少したという意味ではありません。

図2.PREDIMED試験:主要心血管イベントの累積発症率(2018年再解析報告の原図をもとに再構成)。 [6]
4.日本では「食べる量」と「供給する量」が同じ方向にずれている
では、日本の食環境をPHDの物差しで見るとどうでしょうか。2026年、Tsujiiらは日本の食事摂取、食品供給、自給率、環境負荷を統合して評価した初の包括的研究を報告しました。[7] この研究は2019年EATランセット委員会が示したEAT-Lancet Healthy Reference Diet(EHRD)を基準とし、日本人の年齢・性別による必要エネルギー量に合わせて調整しています。2025年版PHDとは細部が異なりますが、赤身肉の参照量は2019年14 g/日から2025年15 g/日へとほぼ同水準で、植物性食品を増やし赤身肉を抑える基本方向は共通しています。
2019年の平均摂取量を調整後基準と比べると、果物は27%、豆類は83%にとどまる一方、牛・豚・羊などの赤身肉は569%に達していました。さらに供給側でも、果物55%、豆類29%に対し、赤身肉は448%でした。[7]

図3.日本の食品群別「摂取充足率(ISR)」の推移。100%の破線が基準。2019年には牛・羊・豚が基準を大きく上回る一方、果物・ナッツ・不飽和油などは不足している。 [7]

図4.日本の食品群別「供給充足率(SSR)」の推移。赤身肉は長期的に供給過剰となる一方、果物・豆類など推奨食品の供給不足が続いている。 [7]
ここで重要なのは、「日本人が食べたいから肉が増えた」という需要側だけの説明では不十分なことです。この研究は、果物や豆類の不足が「摂取」だけでなく「供給」にも存在する一方、赤身肉は摂取と供給の双方で大幅な過剰にあることを示しています。つまり、食行動と食料供給は互いに影響し合う一つのシステムです。
また、PHDに近づけるシナリオでは、日本人成人の食事に伴う温室効果ガス排出、水利用、生物多様性への影響は全体として低下すると推計されました。ただし、果物・豆類・ナッツを輸入に頼って増やせば、生産国側へ環境負荷を移す可能性もあります。[7] 「肉を減らせばよい」「地産地消ならすべてよい」という単純な話ではなく、何を、どこで、どのように生産するかまで考える必要があります。
5.食べたいから売れるのか、売れるから食べるのか――答えは「両方」
人々の嗜好が需要をつくり、その需要に応じて企業や流通が供給を増やす。これは市場の自然な働きです。一方で、大量供給や競争による価格・入手しやすさの変化、売り場での目立ちやすさ、広告、キャンペーン、外食メニュー、1回に食べる量(1食分)、調理の手間、職場や学校で何が提供されるかといった「食環境」も、人々の選択や嗜好を形成します。
WHOも、健康に望ましくない食品が手に入りやすく、広くマーケティングされる食環境が、健康的な選択を難しくしうると指摘しています。[8][9] したがって、「需要が供給を作る」だけでなく、「供給・価格・広告・利便性が需要を作る」という双方向の循環で理解する必要があります。
| <食環境のフィードバック> ● 人々の嗜好・需要が増える → 企業が生産・販売を増やす ● 大量供給・競争 → 価格や入手しやすさが変わる ● 広告・陳列・外食・利便性 → 選択や「食べたい」という感覚にも影響する ● 消費がさらに増える → その食品への投資・供給が続く |
6.日本の「Justice」――給食がなくなると食事が不足する子どもたち
「健康的な食品を選びましょう」と言っても、そもそも十分な食事を確保できない家庭があります。日本の子どもの相対的貧困率は11.5%で、大人が1人の子育て世帯では44.5%です。[10]
OECD Family Databaseでは、子どものいる大人1人世帯の相対的貧困率のOECD平均は29.3%(2021年または各国の最新年)で、日本の水準の高さが際立ちます。[11] ただし、統計年次や世帯定義には国ごとの差があるため、単純な国別ランキングとしてではなく、背景を示す指標として捉える必要があります。
さらに、セーブ・ザ・チルドレンが2025年に「子どもの食 応援ボックス」へ申し込んだ経済的に困難な7,856世帯を対象に行った調査では、学校のある期間の昼食について「あまり十分にとれていない/とれていない」は7.7%でしたが、長期休暇中など給食がない期間には54.5%へ上昇しました。[12] この調査は支援を申し込んだ高リスク世帯が対象であり、日本の全家庭を代表する数字ではありません。しかし、学校給食が一部の家庭にとって事実上の「食のセーフティネット」になっていることを明確に示しています。
こども家庭庁も2026年、物価高騰などを背景に夏季休業期間中の食事機会確保への懸念が高まっているとして、自治体に食事提供、こども宅食、フードパントリーなどの活用を呼びかけています。[13]
一方では、控えたい食品がPHDの基準を大きく超えて供給・消費され、もう一方では、給食がなくなると十分な昼食を確保できない子どもがいる。この「過剰」と「不足」が同じ社会に併存していることこそ、2025年EATランセット委員会がJustice(公正)を第三の柱に据えた意味を、日本で考える際の重要な論点です。
7.「食べなさい」と言うだけでなく、「食べられる環境」をつくる政策へ
ここで政治・行政の役割が問われます。ただし、それは政府が一人ひとりの献立を決めたり、特定の食品を禁止したりするという意味ではありません。人が便利でおいしい食品を求めることも、企業が利益を求めることも自然です。問題は、個人や企業にとって合理的な選択が、社会全体の健康や地球環境にとって合理的な結果になるとは限らないことです。
Tsujiiらは日本への政策提言として、①日本の文化・健康課題に適合した持続可能な食事指針、②果物・豆類・ナッツなど推奨食品の入手可能性と価格の改善、③飼料まで含む動物性たんぱく質供給網の再評価、の3点を挙げています。[7]
WHOも、健康的な食事を実現するために、果物や野菜への補助、学校など公共施設での健康的な食品調達、子どもを健康に望ましくない食品のマーケティングから守る制度、食品の価格政策など、個人の努力を超えた食環境への介入を推奨しています。[8][9]
| <日本で検討したい方向性> ● 果物・野菜・豆類・全粒穀物など、推奨食品を手頃な価格で買えるようにする支援。 ● 学校・保育施設・大学・病院・行政施設などの公共調達で、健康的な食品を「標準の選択肢」にする。 ● 健康に望ましくない食品のマーケティングから子どもを守る。 ● 農業・畜産・水産・貿易政策を、健康・環境・食料安全保障の目標と一体で設計する。 ● 給食がない長期休暇も含め、すべての子どもが一年を通じて十分な食事にアクセスできる仕組みを整える。 |
8.「健康的に食べましょう」から、「健康的に食べられる社会」へ
PHDが私たちに問いかけているのは、「あなたは正しく食べていますか?」ということだけではありません。健康的な食品を、誰もが無理なく、手頃な価格で、日常的に選べる社会になっているかという問いです。
果物や豆類が不足する一方、控えたい食品が大量に供給され、安く、便利に、身近に手に入る環境の中で、食生活の問題を個人の「意志の弱さ」だけに帰すことには限界があります。逆に、企業だけを悪者にしても解決しません。
個人が健康的な選択をしやすく、企業が健康的で持続可能な商品を提供することが経済的にも報われる――そのように市場と社会のルールを整えることが政策の役割です。2025年EATランセット委員会が「Health(健康)」と「Planet(地球環境)」に「Justice(公正)」を加えた意味は、まさにここにあります。
「健康的に食べましょう」から、「健康的に食べられる社会づくり」へ。
合い言葉は、食のJustice(公正)!
■参考文献
[1] Rockström J, Thilsted SH, Willett WC, et al. The EAT-Lancet Commission on healthy, sustainable, and just food systems. Lancet. 2025;406:1625-1700. doi:10.1016/S0140-6736(25)01201-2.
[2] Willett W, Rockström J, Loken B, et al. Food in the Anthropocene: the EAT-Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems. Lancet. 2019;393:447-492. doi:10.1016/S0140-6736(18)31788-4.
[3] EAT. EAT-Lancet Commission Summary Report 2025.
[4] EAT. Frequently Asked Questions: 2025 EAT-Lancet Commission.
[5] Sofi F, Martini D, Angelino D, et al. Mediterranean diet: Why a new pyramid? An updated representation of the traditional Mediterranean diet by the Italian Society of Human Nutrition (SINU). Nutr Metab Cardiovasc Dis. 2025;35:103919. doi:10.1016/j.numecd.2025.103919.
[6] Estruch R, Ros E, Salas-Salvadó J, et al. Primary Prevention of Cardiovascular Disease with a Mediterranean Diet Supplemented with Extra-Virgin Olive Oil or Nuts. N Engl J Med. 2018;378:e34. doi:10.1056/NEJMoa1800389.
[7] Tsujii Y, Nagasaka M, Haga C, et al. Lessons learned from an assessment of the planetary health diet in Japan: dietary and supply gaps, self-sufficiency, and environmental impacts. Sustainability Science. 2026. doi:10.1007/s11625-026-01834-8.
[8] World Health Organization. Fiscal policies to promote healthy diets: WHO guideline. 2024.
[9] World Health Organization. Healthy diet. Fact sheet.
[10] こども家庭庁. ひとり親家庭への支援について. 2026年4月24日.
[11] OECD. OECD Family Database, Indicator CO2.2: Child poverty. Updated 2024.
[12] セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン. 経済的に困難な子育て世帯の子ども1.4万人の食と生活の実態調査報告書―2025年「子どもの食 応援ボックス」申込者7,856世帯対象―. 2025.
[13] こども家庭庁. 夏季休業期間中の酷暑対策及び食支援. 2026.
(文責:医療法人寿里会すぎもと内科・糖尿病内科クリニック杉本一博)